1  薬物療法の実際
 心不全に対する血管拡張薬は大きく二つに分けられる.一つはα遮断薬や硝酸薬などの単純な血管拡張薬,もう一つは活性化している神経体液性因子の抑制を目標とした心保護薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I)・アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB),そしてβ遮断薬)である.前者は主に心臓手術後あるいは集中治療の場で使用されることが多く,後者は慢性心不全の治療として投与されることが多い.

 単純な血管拡張薬は使用にあたって血行動態の把握が重要である.静脈拡張により充満圧を低下させるか,あるいは動脈拡張により後負荷を軽減させ拍出量を増加させることを目的とするため,心血管構造異常としての先天性心疾患に起因する複雑な血行動態の心不全に対しては必ずしも血行動態の改善につながらない可能性を念頭に入れて治療することが肝要である.

 心保護薬の二つの柱であるRAA系の抑制とβ遮断は現代の成人における慢性心不全治療において欠かせないものとなっているが,小児領域では必ずしも良好なエビデンスが得られているわけではない. その理由の一つは,前述のように小児心不全の成因が左心室の収縮不全であることよりも血行動態の異常に起因することが多いためである.また成人と同様の心不全に限った報告でも必ずしも有効であるというデータが得られているわけではない135)が,その報告の中でも条件設定が困難であることが述べられており,無効であると結論づけられているわけではなくパワーを持ったランダム化比較試験が必要であると結ばれている.このような背景から,小児においても左心室の収縮不全に起因する心不全に対しては,エビデンスが十分ではないものの成人に準じた心保護療法が行われることが多い136).すなわちカテコラミンに代表される強心薬は急性心不全に対する治療薬としては今でも重要な存在であるが,予後改善効果を期待することはできない137).使用は可能な限り最少量・最短時間に留め速やかに心保護療法を開始することが重要である.

 以上のように小児の心不全治療においては心不全だからこの薬剤といった単純な考え方ではなく血行動態をよく理解した上で治療戦術を考える必要がある.例えば最も頻度の高い心構築異常の一つである心室中隔欠損に対する強心薬の役割に関しても,左心室の収縮不全に起因する心不全の場合とは異なることが報告されている.

 本稿では成人でのデータも含めて考慮しながら,小児のデータがあれば小さなエビデンスでも紹介する.
1 血管拡張薬 2 心保護薬 3 β遮断薬 参考 カテコラミン
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小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)