三半期第1三半期第2三半期第3三半期first trimester~11w
second trimester12~24w third trimester 25w~妊娠月数1234567891011
妊娠週日(wd)0w0d-1w6d2w0d-3w6d4w0d-7w6d8w0d-11w6d12w0d-15w6d16w0d-19w6d20w0d-23w6d24w0d-27w6d28w0d-31w6d32w0d-35w6d36w0d-35w6d36w0d-39w6d40w0d-43w6d
呼称胎芽embryo胎児fetus最終月経開始日受精・排卵妊娠診断可能になる6w0d
CRL=5mm8w5dCRL=18mm9w4dCRL=25mm体外生活可能分娩予定日
薬剤の影響all or noneの法則催奇形性が問題胎児毒性が問題説明
薬剤の影響が残らない時期妊娠2カ月が最も問題になる。3,4カ月では性分化への影響がある。上記矢印は矢の方向に行くほど問題が起こりやすい。
胎児の臓器障害、羊水量の減少、陣痛の抑制や促進、新生児期への薬剤の残留が問題になる。胎児への影響は、一般に分娩間近の方(上記矢印の方向)が大きい。CRL=Crown-Rump Length 頭殿長
※書籍「妊娠と薬」第2版より引用
6 胎児への影響調査
①薬物の催奇形性

 自然発生的な先天奇形が存在するため,薬物使用例の児に奇形が認められた症例報告のみでヒトの催奇形性を判断することは難しい.それでも,ワルファリンのよ
うに妊婦年齢層が使用することが比較的稀な疾患において特徴的な奇形症例が続けて報告されたことにより薬物の催奇形性が明らかとなったこともあり慎重な評価が必要である.特に,ワルファリンのように催奇形機序としてビタミンK依存性の骨形成因子の関与が考えられる場合や,ビタミンA大量投与のように動物実験で認められた催奇形性との相同性が疑われる場合には注意が必要と考えられている.

 一方,製薬企業が行う市販後調査等はイベントレポートであり,妊婦使用例に先天奇形が認められた場合に収集され,妊婦使用例に健常児が生まれた場合には収集されにくいという特性があり,発現状況から単純に催奇形性との関連を考察することはできない.

 ヒトにおける薬物の催奇形性は,ヒト疫学調査に基づく評価が最も信頼性が高いと考えられている.疫学的調査には,コホート研究と症例対照研究がある.一般に,
研究の信頼性に関しては前者が優れており,極めて稀な先天異常の検出に関しては後者が現実的と考えられている.いずれにしても,割付等の研究デザイン,両群の患者背景ならびに規模・症例数等に留意する必要がある.その上で,疫学データの取り扱いに際しては,バイアスと交絡因子の有無を特に吟味する必要がある.

 症例対照研究では,妊娠中の薬物使用に関して母親の聞き取り調査を行う形式のものが多い.この場合,奇形を有する児を出産した母親群では,医師,家族からの繰り返しの質問によって,健常児を出産した母親群より記憶情報量が多い傾向があり,両群の記憶の正確性にバイアスが生じているおそれがある.また,薬物を使用した母親と使用しなかった母親の2 群を比較する際に,年齢,人種,嗜好品,居住地等の背景を均等化しても,さらに両群間に服薬以外の差異が存在し,評価結果に影響を与えることがある.一例として,アルコールの催奇形性を評価する際に,他の非合法ドラッグ使用の有無が影響する場合などがあげられる.

 ヒトでの催奇形性物質のスクリーニングとして動物実験が行われている.アルコール,大量ビタミンAなどのように動物実験で催奇形性が認められた薬物で,ヒトで
も催奇形性が確認された薬物があり,ヒト妊婦における催奇形性を直接評価した情報が極めて限られている現状からは貴重な情報と言える.一方,動物実験で催奇形性が認められてもヒトでは催奇形性との関連が否定的な薬物や,ある種の動物では催奇形性が認められなくてもヒトで催奇形性が認められる場合もあり,ヒトへの外挿は単純ではない.特に,動物実験では臨床用量より高用量を用いるため,臨床とは異なる薬理作用が発現したり母動物の毒性による間接的影響が認められたりする場合がある.したがって母動物の変化を考慮して胎児の変化を評価する必要がある.

②胎児の器官形成と薬物感受性55)

 胎児の薬物感受性は,妊娠時期(妊娠週数)によって大きな変化を伴う.妊娠28日から50日の器官形成期には,催奇形性の観点から最も影響を受けやすい時期と
なる.一方妊娠113日以降は,催奇形性よりも胎児への発達毒性・機能毒性に係わる問題に留意する必要がある(図6)

1)受精から妊娠27 日目
 受精後2 週間(妊娠3週末まで)以内の薬剤による影響形態は,「all or none の法則」と呼ばれている.受精後何日目から催奇形臨界期に入るかは,サリドマイドに
よる催奇形事例の調査により明らかにされている.月経周期が28日型の妊婦で月経初日から33日目ぐらいまではサリドマイドを使用していてもその児に奇形は生じて
いない.したがって,この時期の薬物療法については,胎児への影響を基本的には考慮する必要がない.

2)妊娠28 日目~ 50 日目
 この時期は胎児の中枢神経,心臓,消化器,四肢などの重要臓器が発生・分化する時期にあたり,催奇形という意味では胎児がもっとも薬物の影響を受けやすい時期になる.

 妊婦がサリドマイドを服用した時期と,それによって生じた奇形の間には明確な相関があり,最終月経から32日目以前,あるいは52日目以降の服用では奇形が発
生していない.

 ただし,胎芽・胎児の発育には相当の個体差があり,最終月経から胎齢を推定する方法そのものにもある程度のばらつきがあるので,器官形成期の臨床的な境界は曖昧にならざるを得ないことに留意する必要がある.

 この時期の薬剤の投与は,治療上不可欠なものに限るとともに,催奇形性の危険度の低い薬剤を選択するなど特に慎重な配慮が必要である.

3)妊娠51 日目~ 112 日目
 胎児の重要な器官の形成は終わっているが,生殖器の分化や口蓋の閉鎖などはこの時期にかかっている.主要な奇形に関する胎児の感受性は次第に低下するが,催奇形性のある薬剤の投与はなお慎重であったほうがよい.

4)妊娠113 日~分娩
 薬剤投与によって,内因性の奇形のような形態的異常は形成されない時期である.むしろ胎児の機能的発育に及ぼす影響や発育の抑制,子宮内胎児死亡のほか,分娩直前では新生児の適応障害や薬剤の離脱症状などが起こり得る時期である.

 この時期の薬剤の催奇形性として問題になるのは,羊水過少症を引き起こすACE阻害剤やARB等の薬物,あるいは骨に沈着し歯牙の形成不全を引き起こすテトラサイクリン系抗生物質など特殊な薬剤に限定される.一方,胎児の機能への影響として,非ステロイド性解熱鎮痛薬による胎児動脈管の収縮の問題がある.

 胎児は肺ではなく胎盤でガス交換を行っており,新生児と異なり肺への血流はごくわずかで動脈管(Botallo管)を通って血流がバイパスする特有な循環経路を有し
ている.動脈管はプロスタグランジンなどの働きによって開存しているため,妊娠末期にNSAIDs を使用すると動脈管が収縮し,胎児の血液循環に障害を来たす恐れがある.胎児に肺高血圧と右心不全が生じる恐れがあるため,妊娠後期におけるNSAIDs の使用は避けることが原則となっている.

③発達毒性・機能毒性

 母体に使用した薬物が経胎盤的に胎児に移行し,先天奇形とは別に胎児の発達あるいは生理機能に影響を及ぼすことがある.

 妊婦へのβ遮断薬投与と子宮内発育遅延・徐脈,あるいはアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I)ないしアンジオテンシン受容体遮断薬(ARB)と羊水過少症・
腎機能障害,抗てんかん薬と児の神経発達への問題などが知られている.ここでは循環器系薬を中心に胎児の発達毒性,機能毒性に関して解説する.

1)薬剤性の羊水過少症
 妊娠第2三半期,第3 三半期のエナラプリル,カプトプリルをはじめとしたACE-I や,ロサルタン,カンデサルタンをはじめとしたARBによる母体高血圧の治療と,胎児の腎機能障害,羊水過少症,子宮内発育遅延,胎児死亡が報告されている56)-65)

 妊娠中期以降の羊水の産生は主として胎児尿によると考えられている.ヒト胚子では第4週のはじめに前腎が出現するが痕跡的で消失し,第4 週後期に中腎が発生し約4週間程度暫定的に機能するが,第5週の早期に発生が始まる後腎が4週程度かけて機能をはじめ永久腎の原基となる66).胎児尿量は妊娠週数とともに増加し妊娠末期には700から900mL/日になる67),68).母体に投与したACE-I,ARBは胎盤を通過し胎児に薬理作用を及ぼし,腎機能障害を引き起こすことがある.

 このほか,非ステロイド性消炎鎮痛薬のインドメタシンやイブプロフェンにより羊水過少症が生じたことが報告されている59),69).これらの薬物は胎児動脈管の収縮
が問題となり妊娠末期の使用は禁忌となっている.

2)子宮内発育遅延
 妊娠中にプロプラノロール,アテノロールなどのβ遮断薬を使用した妊婦の児に,子宮内発育遅延,ならびに呼吸窮迫,徐脈,低血糖などの新生児の適応障害が報
告されている70)-72).前者については妊娠中の高血圧が何らかの影響を及ぼしているとも考えられるが,β 遮断薬の薬理作用として子宮収縮を促す作用や胎盤血流を減少させる可能性があること73)より関連が指摘されている.

3)神経発達
 胎児期の薬物曝露と児の知的発達に関して,抗てんかん薬,アミオダロンなどでいくつかの知見がある.

 米国と英国で実施された抗てんかん薬曝露後の児の神経発達調査について3 歳時の中間分析が報告されており309人の児の認識機能が調査されている.子宮内でバルプロ酸として1,000mg以上の高用量に曝露された児は,他の抗てんかん薬に曝露されていた児より有意に低いIQスコアであった.各抗けいれん薬に子宮内で曝露された児の平均IQは,ラモトリジン群:101,フェニトイン群:99,カルバマゼピン群:98,バルプロ酸群:92で,バルプロ酸の用量とIQとに関連が認められたと報告さ
れている74).このほかにも,妊婦の抗けいれん薬服薬により,胎内で曝露された児のIQを調査した報告は複数あり,ある程度の影響がみられると指摘したものがある.一方,出生後の児のIQの発達を規定する因子は育児環境,親の経済状態など複数あり,また,どこまでの低下が日常生活に支障を来たすのか,キャッチアップ困難なのかなど検討する課題は多く,一概に曝露された児の将来を予測し得るものではない.

 不整脈の治療として妊娠中にアミオダロンの投与を受けた妊婦の児に,甲状腺機能低下が認められたことが複数報告されている.アミオダロンは化合物としてヨウ
素を含有しており論理的にも実在するリスクとしても認識されている.アミオダロンを妊娠中に使用した母親の児に認知能力の低下や学習障害が認められたことが報告されている75),76).しかし,神経学的な影響に関して,コホート研究は未だなく毒性学的な発現機序も解明されていないため確定的なリスクとまでは結論付けられていない.

4)聴力障害
 胎児期の薬物曝露と児の聴力障害についてもいくつかの薬物で報告がある.

 ストレプトマイシン,カナマイシンなどのアミノグリコシド系抗結核薬は,新生児に第8 脳神経障害があらわれる恐れがあることが指摘されている.

 妊娠中に抗結核薬を服用した妊婦に関する複数の論文データが収集・評価されており,ストレプトマイシンを使用した203例の妊婦が出産した児のうち35例に異常
の記録があり,34例は聴覚障害を伴っていた.この報告では,ストレプトマイシンの聴覚毒性は他の催奇形性物質とは異なり,妊娠初期に限らず妊娠のいずれの時期
であっても影響し得ると考察されている77).本報告は,症例報告を含む複数の文献報告の集積結果を解析したものであり,コホート研究やケースコントロール研究のように先天異常の発現頻度やリスク比を評価できるものではないが,アミノグリコシド系抗菌薬が胎児・新生児に第8脳神経障害を来たし聴覚障害を示す恐れが実在していることの根拠となっている.

 なお,アミノグリコシド系抗菌薬全般について,聴覚毒性と遺伝的要素に基づく感受性の差異があることが知られており,ミトコンドリア遺伝子1555A→G 変異と
関連が示されている.成人ではストレプトマイシンを1日1g 注射で累積投与量が20g 前後で聴覚毒性が発現することが多いとされるが,アミノグリコシド系抗菌薬
に遺伝的に高感受性を有する患者では1回の投与でも難聴を来たすことがあり注意が喚起されている78)

5)その他
 妊婦のサイアザイド系利尿薬の使用と新生児の血小板減少症の関連を指摘した報告79)がある.一方,506例のヒドロクロロチアジドを使用した妊婦に関する研究では症候性の血小板減少症はみられていない80)

④ 胎児期から新生児期における母体投与薬物の薬理作用・離脱症候

 母体に投与した薬物は,胎盤を経由して胎児に移行する.移行した薬物が胎児にどのような影響を及ぼすのか評価した上で,母児の利益を最大限に確保する治療を選択する必要がある.抗不安薬として用いられるベンゾジアゼピン系薬物を妊娠後期で使用した妊婦の児に薬理作用によると考えられる筋緊張低下や傾眠,呼吸抑制,あるいは易刺激性,神経過敏がみられることがあり,母体に投与した薬物が胎児に移行して発現した薬理作用であると同時に離脱症状であると考えられている.

 母体の不整脈に対するアミオダロン治療では,前述のように新生児の甲状腺機能低下が指摘されている.また,妊娠期間中に継続してアミオダロン治療を行っていた妊婦の児に徐脈が認められたことが報告されており75),胎児・新生児に母体に投与した薬物の薬理作用が発現する可能性があることに留意する必要がある.

 分娩に近い時期に母体へフロセミドを投与したことにより,新生児にループ利尿薬の薬理作用による電解質異常が認められたことが報告されている81),82).また,
分娩に近い時期の母体へのβ遮断薬の使用では新生児の徐脈がみられることがある83)

⑤妊娠母体への影響

 妊娠末期の母体不整脈治療にジソピラミドを使用した症例に,子宮収縮,胎盤剥離,早産が報告84)されており,小規模な臨床薬理試験でジソピラミドに分娩誘発作用が認められており85)注意が必要である.

⑥経母体的な胎児疾患の薬物療法

 最近では胎児診断の進歩とともに,経母体的に薬物を投与し胎児の治療を行った事例が報告されている.まだ,試験的な段階ではあるが,母体に投与した薬物の薬理作用が胎児に及ぼす影響の研究の進展が待たれる.その一例として胎児不整脈に対して経母体的あるいは直接的にアミオダロン86),87),β遮断薬88),89)
の投与が試みられ治療に成功したことが報告されている.また,胎児水腫の治療に経母体的にフロセミドの投与を行ったことが報告90)されている.このほか,強心配糖体であるジゴキシンは,その陽性変力作用と陰性変時作用を利用して,胎児の心不全や不整脈の治療に用いられる91),92)ことがある.こうした薬物療法では,胎児にみられる薬理作用と副作用に加えて,母体への副作用に関する配慮が欠かせない.
図6 妊娠時期と胎児への薬物の影響
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小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)