5 胎児の薬物動態の特殊性
胎児のガス交換は胎盤で行われるため,胎児特有の血液循環として「動脈管」と「静脈管」が機能している.臍帯静脈から胎児に移行した薬物は,その約50%が胎
児肝を経ずに静脈管を通って下大静脈に至り,胎児心の卵円孔を通って主に頭部を中心に分布する.頭部から胎児心に戻った血液は肺動脈をバイパスして下行大動脈に至る動脈管を通って全身循環へと分布したのちに臍動脈に戻る経路をとっている.
こうした胎児循環の解剖学的な特徴が,胎児への薬物分布にどの程度影響を与えているか十分に明らかにされている訳ではないが,胎児の薬物動態と薬力学的な特殊性を生じる可能性として考慮しておく必要がある.
母体のアルブミン濃度が徐々に減少するのに対して,胎児では出産時に向けてアルブミン濃度が徐々に増加していく.胎児のアルブミンも薬物結合能を有しているが,母体のアルブミンと比較して薬物の親和性は低い傾向があると報告されている.
胎児の薬物代謝酵素活性は総じて低く,CYP1A,2D6 などが妊娠の後半に徐々に発現してくることが確認されている.胎児の肝において比較的高い活性を示す薬
物代謝酵素として,ステロイドホルモンの代謝に関与するCYP3A7 が知られている.CYP3A7 はデヒドロエピアンドロステロン- 3 硫酸やレチノイン酸化合物に対し
てCYP3A4 より高い活性を有しており,胎児が高濃度に曝露することを防いでいる可能性が考えられている54). 胎児からの薬物の排泄は,主に母体への薬物拡散によっている.しかし,胎児側で代謝を受けた薬物は極性が高くなるため胎盤を通過しにくくなることが考えられる.このことは代謝された薬物が胎児に蓄積する可能性
があることを示している.
胎児の腎機能は成人と比較して低いことが報告されている.それでも妊娠後期の羊水は大半が胎児尿でできていることからわかるように,胎児腎機能の成熟にあわせて胎児尿を介して羊水中に薬物が排泄される.
小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)