4 薬物の胎児移行性(胎盤通過性)
 母体に投与された薬物は,一部の例外を除いて胎盤を通過して胎児へ到達する.胎盤の通過性は妊婦へ投与する薬物を選択する上で重要な因子である.胎盤通過性を左右する要因として以下のものが知られている.

 分子量が300~ 600程度の薬物は比較的容易に胎盤を通過し,1,000以上になると通過し難い.抗凝固療法が必要な妊婦では,胎盤通過性の高いワルファリンではなく,通過性の低いヘパリンが選択される.

 脂溶性の薬剤は,水溶性の薬剤より容易に胎盤を通過する.このため脂溶性のビタミンAやフェノバルビタールなどは容易に胎児へ移行する.

 ジゴキシンやアンピシリンなどの蛋白結合率が低い薬物は胎児および羊水に比較的高い濃度で到達する.一方,蛋白結合率が高いグリベンクラミドなどの薬物は,遊離型薬物のみが胎盤関門を通過するために,一般に母体において高く,胎児への移行は少ないと報告されている.

 胎児血のpHは母体血よりもわずかに低く,このpHの差異がイオントラッピングと呼ばれる効果を及ぼすことが知られている.pKa値が血液pHに近い弱塩基の薬物は,母体血中では主に非イオン型で存在するため胎盤を通過しやすくなる.胎盤を通過した薬剤は,より酸性を示す胎児血と接触しイオン化するため胎児側では非イ
オン型薬物の濃度が低下して濃度勾配を生じ,母体側から胎児側へ向かってさらに薬物が移行することにつながる.逆に,弱酸性の薬物では,胎児から母体循環への移行が起こりやすい.

 胎盤はミトコンドリアや栄養膜細胞の小胞体に多くのチトクロームP450 群に属する酵素を含んでいて,ステロイドホルモンの合成や異化に関与しており,同様に各
種ビタミンや脂肪酸,薬物の代謝に関与している.妊娠第1三半期から分娩時までCYP1A1 の活性が確認されている.また,mRNAの検出や免疫組織化学的手法
では妊娠第1三半期にCYP3A4,3A5,3A6,3A7 の発現が認められている52)

 胎盤を構成する栄養膜の母体側刷子縁には,P-glycoprotein やmultidrug resistance protein 2(MRP2)が発現しており,胎児側基底膜にはmultidrug resistance
protein 1(MRP1)やmultidrug resistance protein 3(MRP3)が発現して,薬物を母体側に排出していることが報告されている53).P-glycoproteinは,妊娠第1三半期の胎盤栄養膜からも見出されていて,この基質となる薬物を胎児側から母体側へ輸送していることから,妊娠初期の胎児曝露を軽減するよう働いている可能性が考えられている.
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小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)