母体血漿中母乳中
乳脂肪球
脂溶性薬物
遊離型薬物
イオン型
タンパク薬物
タンパク結合型薬物
分子型


分子型     イオン型    


遊離型薬物
タンパク薬物
タンパク結合型薬物
1 薬物の母乳移行
 授乳婦が摂取した薬物の母乳移行性を規定する薬物側因子として,薬物の分子量,塩基性,脂溶性,血中蛋白結合率などがある(図4)

①分子量

 低分子の化合物は,分子量が小さく受動拡散により母乳に移行することが知られている.一方,ダルテパリン等の低分子ヘパリンは,分子量が大きく母乳中の薬物濃度は検出限界以下であった26).未分画ヘパリンはさらに分子量が大きいため母乳移行性はさらに低いと考えられている.

②塩基性

 母体血漿と母乳間の薬物の受動拡散は分子型薬物のみが対象となり,イオン型薬物は荷電を有するため膜を通過できずに母乳中へ移行しない.母体血漿のpHと比較して母乳のpHは若干酸性であるため,弱塩基性の薬物は血中に比べて母乳中でイオン型となる比率が高い.このため母乳中に留まることとなり相対的に母乳中濃度が高くなる性質をもつ.この現象はイオントラッピングと呼ばれる.

③脂溶性(疎水性)

 乳汁中の脂質濃度は母体血中の脂質濃度より高い.脂溶性の薬物は,乳汁中の脂質に分布しやすいため親水性の薬物と比較して母乳移行性が高くなる.薬物の疎水性の指標としてオクタノール/水分配係数が用いられる.

④蛋白結合率

 低分子の化合物は遊離型分子あるいは,血清アルブミンまたはα1酸性糖タンパク質などの血漿蛋白と結合した形で血中に存在している.血漿蛋白に結合した薬物は半透膜である乳腺上皮細胞膜を通過できない.したがって,受動拡散により母乳中に移行するものは遊離型の薬物になる.このため血漿蛋白結合率が高いことは,母乳中への移行性が低いことと関連する.

⑤トランスポーター

 乳腺上皮には薬物の担体輸送に係わるトランスポーターが発現している.BCRP(breast cancer resistance protein: ABCG2)は乳汁分泌期に発現が増加し,ビタ
ミンB2,ビオチン等の輸送を担うほかニトロフラントインやシメチジン等の薬物の輸送に関わっている27),28).分子量・塩基性・疎水性・蛋白結合率などの因子から予
想される以上に母乳中に高濃度に移行する要因として留意する必要がある.

⑥代謝物の活性・母乳移行性

 母体に投与された薬物は,小腸粘膜あるいは肝臓で代謝され代謝物となり胆汁中あるいは尿中に排泄される.この過程で代謝物も母乳への移行が認められている.原薬と比較して代謝物の活性は低いことが一般的である.ただし,いくつかの薬物では代謝物が同等の活性を有していたり,親化合物以上の乳児毒性を示すことがあり注意が必要である.

 抗不整脈薬プロカインアミドでは肝代謝により生じるN-アセチルプロカインアミドが同等の活動電位持続時間の延長作用を有しており,曝露量も親化合物を超える
ことがしばしば認められる.定常状態における親化合物の母乳中濃度が5.4mg/Lに対して,代謝物の母乳中濃度は3.5 mg/Lであり29)原薬と代謝物を合わせた乳汁移行性と乳児への影響評価が必要である.

 コデイン30mgを鎮痛薬として使用した授乳婦の乳児に代謝物であるモルヒネ中毒が発現し死亡した事例がある.母体がコデインの代謝酵素CYP2D6 の超迅速代謝
(ultra-rapid metabolizer)であったこと,母乳中モルヒネ濃度が一般的報告の4 ~ 40倍の87ng/mLに達していたことが要因として推察されている30).母乳中の代謝物への注意が必要な典型例と言える.
図4 母体血漿から母乳中への薬物の拡散様式
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小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)