2 維持療法
 ほとんどの施設で,維持療法はCNI(CsAまたはFK)をベースにしている.まだ,CNI 非投与の安全性は確立されていない.長期に拒絶反応歴がなく,進行性の腎機能障害を認める症例において,遠隔期にCNI を中止する例がある.

 さまざまな報告(成人)・統計から,CNI と併用する細胞増殖阻害薬としては,AZPよりMMFの方が有効であるとされている.mTOR阻害薬の方がMMFより安全
かつ有効であるかどうかは今後の検討を要する.拒絶反応のリスクの低い小児例では,ステロイドを中止することが,有効性・安全性の両面で優れていると報告され
ている648),649),660)-662).

③カルシニュリン阻害剤(CNI)

1)シクロスポリン(CsA)(サンディミュン・ネオーラル)
 CsAは真菌の代謝産物でTリンパ球の細胞質内のシクロフィリンに結合し,カルシニュリン脱リン酸化酵素を阻害する.その結果,Tリンパ球の活性化や増殖に中心
的な役割のあるサイトカイン(たとえばIL2)の転写を阻害する.従来の製剤は服用しにくく,血中濃度が安定しなかったため,マイクロエマルジョン化した製剤(ネオーラル)が現在用いられている.ジェネリックは血中濃度が安定せず,腎臓移植において拒絶反応の頻度が純正のものに比して有意に多かったと報告されている.

[適応]
 すでに小腸移植を除く,全ての臓器移植で拒絶反応の予防・治療薬として国内承認されている.ネオーラルカプセル(50)のみ小腸移植に未承認である.

[用量]
 基本的には経口開始後トラフレベルをモニタリングしながら,4~ 15mg/kg/日,分2 で経口投与する(腎移植,肝移植では投与量はさらに少ない).

 移植後などに経口投与できないときには静脈内持続投与するが,腎機能障害の頻度が高い.

 主な薬剤との相互作用:CYP3A4/5 代謝の誘導または阻害を通じて,多くの薬剤との相互作用を認める.

 ・ 血中濃度を高める薬剤(CYP3A4 代謝阻害):アゾール系抗真菌薬,カルシウム拮抗薬,マクロライド系抗生物質
 ・ 血中濃度を低下する薬剤(CYP3A4 代謝誘導):アミノ配糖体,アンフォテリシンB,mTOR阻害薬(これらを併用すると腎機能障害を来たしやすい)

 小児における大規模な薬物動態を検討した研究はない.

[禁忌]
 成分に対する過敏症の既往.なお,腎機能障害などを来たすので,FKとは同時投与しないこと.

[副作用]
 腎毒性,高血圧,多毛,歯肉肥厚,高カリウム血症,低マグネシウム血症,高脂血症,振戦,痙攣,脳症

[使用上の注意]
 移植時期・拒絶反応・感染症歴に応じて,トラフレベルに応じて投与量を綿密に調整すること(range,50~350ng/mL).

 C2(投与後2時間目の血中濃度)でモニタリングする方がトラフより有効であるとされる報告(成人)663)があるが,小児では採血のタイミングが困難であり,あま
り行われていない.

 最近の小児の報告では,一日2 回投与より,3回投与の方が,免疫抑制効果・副作用の面で優れているとされており,乳幼児期には3 回投与が推奨されている664)

2)タクロリムス(FK)(プログラフ)
 FKは,FK結合蛋白12(FKBP-12) に結合して,DNA転写やサイトカイン(IL2など)産生に重要な役割を演じているカルシニュリン酵素を阻害する.現在,欧
米において小児心臓移植で最も一般的に用いられるCNIである640).美容的な副作用である多毛,歯肉肥厚を改善するのに,CsAからFKへの変更は有効である649),665).

[適応]
 すでに小腸移植を除く,すべての臓器移植で拒絶反応の予防・治療薬として国内承認されている.

[用量]
 基本的には経口開始後トラフレベルをモニタリングしながら,0.05~ 0.3mg/kg/日,分2で経口投与する.

 移植後などに経口投与できないときには静脈内持続投与するが,腎機能障害の頻度が高い.

 主な薬剤との相互作用:CsAと同様,CYP3A4/5 代謝の誘導または阻害を通じて,多くの薬剤との相互作用を認める.

[禁忌]
 成分に対する過敏症の既往.腎機能障害などを来たすので,CsAとは同時投与しないこと.

[副作用]
 腎毒性,糖尿病,高血圧,高カリウム血症,低マグネシウム血症,頭痛,感覚異常,振戦,痙攣,脳症.腹部臓器移植では濃度依存性に心筋肥大・心室性不整脈を来たす.

[使用上の注意]
 移植時期・拒絶反応・感染症歴に応じて,トラフレベルに応じて投与量を綿密に調整すること(range,5~15ng/mL).

 FKの代謝酵素や薬剤排出トランスポーターには遺伝的ポリモリフィズムがあるため,投与量,薬剤効率には個人差が多い666)-668)

 人種的には,アフリカ系アメリカ人は投与量を多くする必要がある.

 ジェネリックは血中濃度が安定せず,使用しないほうが良い.

④細胞増殖阻害薬(Antiproliferative agents)

1)アザチオプリン(AZP)(イムラン)
 1960年代から使用されている免疫抑制薬で,T及びBリンパ球内で6-メルカプトプリンに変換し,DNA産生に必要なプリン体の合成を阻害する.非選択的な代謝
拮抗薬なので骨髄抑制を起こしやすい669)

[適応]
 すでに小腸移植を除く,全ての臓器移植で拒絶反応の予防・治療薬として国内承認されている.

[用量]
 基本的には経口開始後,1 ~ 3mg/kg/日,分2で経口投与する.静脈内持続投与(2~3mg/kg)は稀にしか行わない.

 アンジオテンシン変換酵素阻害薬との併用で重度貧血を来たすことがある.骨髄抑制の作用のある薬剤との併用で骨髄抑制が増強する.アロプリノールは,キサンチン酸化酵素を阻害するためAZPが非活性代謝産物に変換されるのを抑制するので,アロプリノールと併用する際にはAZPの投与量を減らす.

[禁忌]
 成分に対する過敏症の既往,骨髄抑制,重度白血球減少

[副作用]
 白血球減少,貧血,血小板減少,嘔吐・吐き気,下痢,食指不振,肝毒性,膵炎

[使用上の注意]
 MMFの方が有効性・安全性で優れている661).

 AZP代謝の中心的役割を持っているチオプリンSメチル転移酵素の遺伝子異常のある場合には,通常投与量でも致死的な骨髄毒性反応を来たすことがある.

 胎盤を通過しないので,催奇性のあるMMFを投与している患者が妊娠する際には,AZPに一時的に変更するのが,一般的である670)

2)ミコフェノール酸モフェチル(MMF)(セルセプト)
 小児においてもCNI の併用薬として最も繁用される代謝拮抗薬である.MMFは腸管で吸収された後に活性物質であるミコフェノール酸(MPA)に変換され,非
競合的かつ可逆的にイノシン一燐酸脱水素酵素(IMDPH)を阻害する.IMDPHは,リンパ球が増殖するときのDNA複製で必須の,グアニンプリン合成de
novo経路の重要な酵素であるので,MMFは選択的にTおよびBリンパ球両方の増殖を抑制する. 成人のrandomized controlled trialで,MMFはAZPより有意に
心臓移植後の生存率が高いと報告されている661).MMFはAZPに比して骨髄抑制は少ないが,消化器症状,特に下痢が多い.

[適応]
 すでに小腸移植を除く,すべての臓器移植で拒絶反応の予防・治療薬として国内承認されている.

[用量]
 経口投与開始後,25~50mg/kg/日又は1,200mg/m2/日,分2(保険上上限は3gあるが,一般的に最大2g分2)で経口投与する.

 主な薬剤相互作用として,アルミニウム,マグネシウムを含有する制酸薬はMMFの吸収を低下させる.アシクロビル,ガンシクロビルは,腎排泄におけるミコフェ
ノール酸のグルコン酸抱合に拮抗するためMPAの血中濃度を増加させる.コレスチラミン,シプロフロキサシン,アモキシシリン・クラブラン酸(合剤)は,MPAの腸肝再循環を阻害するので,MPA血中濃度を低下させる.リファンピシンが肝代謝酵素を誘導することによりMPAの代謝が促進され,MPAの血中濃度が低下する.

 国内の小児腎移植患者(生後3 か月から18歳以下)にMMFの経口用懸濁剤液600mg/m2 を1日2回反復経口投与したときの血漿中MPAの薬物動態パラメータのデータがあり,小児腎移植患者におけるMPAの平均AUC0~ 12は,カプセル剤1,000 mg 1日2回の反復経口投与を受けた成人腎移植患者の結果と同様であった(中外製薬社内資料).

 欧米の小児腎臓移植の報告では,6歳未満で下痢が多い以外は,成人と薬物動態に余り差はない.アメリカの添付文書でのMMFの投与量は, 経口用懸濁剤液
の600mg/m2を1 日2回投与(最大でも1 日量として経口用懸濁剤液2,000mg/10mLまで)が推奨されている.体表面積が1.25 m2 ~ 1.50 m2の患者は,カプセル剤750mgを1 日2回投与,体表面積が1.50 m2以上の患者は,カプセル剤1,000mg 1日2回投与されることもある671).

[禁忌]
 成分に対する過敏症の既往.催奇性が高いので,妊婦または妊娠している可能性のある婦人.白血球減少は相対的禁忌.

[副作用]
 吐き気,嘔吐,下痢,腹痛,食指不振などの消化器症状,乳幼児の発育障害,白血球減少,貧血,B型肝炎の再燃,進行性多巣性白質脳症.消化器症状はMPAの腸肝再循環が原因と考えられているが,症状が強い場合には,減量または変薬する.

[使用上の注意]
 MMFの代謝・排泄は個人差が多い.

 MPA血中濃度のモニタリング(治療域,2~ 5 μg/mL)が行われている施設もあるが,その有用性は明らかではない669)

 AZPとの併用はしないこと.

 MPDHに遺伝的ポリモルフィズムがあり,MPA,MMFの移送や代謝経路に個人差が多いので,薬剤の有効性や副作用にも個人差が多い672).ヒポキサンチン─グアニン─ホスホリボシルトランスフェラーゼ(HGPRT)欠損症(Lesch-Nyhan症候群,Kelley-Seegmiller症候群)の患者に使用すると,高尿酸血症を増悪させる可能性がある.

3)徐放性ミコフェノール酸製剤 (Myfortic)
 MyforticはMPAナトリウムの腸溶薬で,MPAの活性型で吸収される.MMFに比較して消化器症状を減らすことで開発されたが,その効果はまだ明らかではない673)

[適応]
 国内未承認薬である.国内で承認される可能性は少ない.

 MMFで消化器症状が強いときに,本剤に変更することが推奨されているが,小児領域でMMFより有用とは認められていない.

[用量]
 経口投与開始後,800 mg/m2/日,分2(最大720mg分2)で経口投与するが,体表面積1.2m2 未満は投与しにくい.

 主な薬剤相互作用はMMFと同じである.

[禁忌]
 本剤または成分に対する過敏症の既往

[副作用]
 主な副作用もMMFと同じで,MMFで消化器症状が強い場合には有用となっているが,消化器症状も認められる.

[使用上の注意]
 徐放薬なので小さな子供には適していない

⑤Mammalian target of Rapamycin( mTOR)阻害薬

1)エベロリムス(EVL)(サーティカン)
 シロリムス(SRL)(Rapamycin, Rapamune; Wyeth-Ayerst Laboratories, Philadelphia, PA) はFKBP-12 に結合するマクロライド系抗生物質で,mTORを阻害し,活性化リンパ球の増殖を阻害する674)が,我が国ではSRLは市販されていない.エベロリムス(EVL)はSRLの誘導体で,心臓移植で適応承認されている.

 mTOR阻害薬は,拒絶反応を抑制するとともに,遠隔期のTCAVを始めとする各臓器の拒絶反応やグラフトの繊維化を抑制することが,実験的,臨床的に報告されて
いる.成人のrandomized controlled trialで,AZP640),674),675)のみならず,MMFよりTCAVの発症率が低下することが最近報告されている676)が,まだend-pointが短く(約3年),今後の検証が必要である.遠隔期のTCAV,サイトメガロウイルス感染症,PTLDなどで,MMFからの変更が試みられてきている.腎機能障害を来たした場合に,CNI からの変更される例が,小児心臓移植後でも報告されてきている645),677).De novoでの使用について成人ではrandomized controlled trialが行われている676)が,小児心臓移植でのデータはない.

 mTOR阻害薬は,心嚢液貯留,創傷治癒遅延などの副作用があるため,移植後早期はCNI,MMF,ステロイドの三薬併用療法を行い,中期遠隔期にMMFをEVLに
変更するプロトコールが小児心臓移植施設で試みられつつある.

[適応]
 心臓移植でのみ保険承認されていたが,腎臓も2011年12月に適応が承認された.

[用量]
 基本的には経口開始後トラフレベルをモニタリングしながら,1 ~ 3mg/m2/日,分2 で経口投与する.

 主な薬剤相互作用は,CYP3A4. で代謝されるのでCNI と同じである

[禁忌]
 本剤または成分に対する過敏症の既往

[副作用]
 高脂血症,血小板減少,白血球減少,貧血,関節痛,口内炎,創傷治癒遅延,下腿浮腫,稀に間質性肺炎を認める.de novoで使用した際には,創傷治癒不良・遅延(気管支縫合部の断裂など),心嚢液・胸水の貯留などを認めることが多い.

[使用上の注意]
 移植時期・拒絶反応・感染症歴に応じて,トラフレベルに応じて投与量を綿密に調整すること(range,3~10 ng/mL).

 CNI と併用する際,CNI において標準トラフを目標にすると腎機能障害を来たしやすいので,CNI の目標トラフを低めに設定する.腎機能が発生した時には,CNI を
減量するか,CNI をMMFに変更すると,腎機能が改善することが多い.

 創傷治癒遅延があるため,EVLを服用している患児が他の疾患(たとえば虫垂炎)で外科的処置が必要な際には,一時的にEVLを中止し,併用薬に応じてCNI か,
MMFに変更し,創傷治癒を確認した後,元に戻すことが必要である.

 ヘルペスウイルスの感染症は減少するが,細菌感染症の頻度は高くなり,RSウイルスなどの持続感染などに注意を要する.

⑥副腎皮質ステロイド

 成人の臓器移植後の維持免疫抑制療法としては,いまだにステロイドは長期に使用されているが,小児期には最初からプレドニンを使用しないか,術後数か月で中止する施設が多い648),660)-662),678).ただし,ドナー特異的な抗体(特に抗HLA抗体)が陽性(virtual or real交差試験陽性)例では,ステロイドは中止しない方が良い.

[適応]
 すべての臓器移植後の拒絶反応の予防と治療で適応承認されている.

[用量]
 心臓移植では,大動脈遮断解除後,ICU帰室後8時間毎3回はメチルプレドニゾロン2.5mg/kgを静脈内投与する.その後,プレドニンを0.05~ 0.3 mg/kg/日,分2
で,経口又は静脈内投与し,移植後経過(感染症・拒絶反応歴)を見ながら徐々にweaningする.

 施設によっては,メチルプレドニゾロンだけで,経口プレドニンを最初から投与しない施設もある.

 主な薬剤相互作用として,バルビタール,フェニトイン,リファンピシンなどで作用が増強する.

[禁忌]
 本剤に対する過敏症の既往.

[副作用]
 糖尿病,浮腫,体重増加,高血圧,高脂血症,創傷治癒不良,骨粗鬆症,無血管性壊死,頭痛,偽脳腫瘍,にきび,発育障害,気分変動,副腎機能不全,筋症,白内障,緑内障,胃潰瘍など

[使用上の注意点]
 ワクチン接種の効果が少ない.

 ステロイドを切る反動性の拒絶反応を来たすことがあるので,ゆっくりweaningする.

 患者を選択してステロイド無のプロトコールを行うことができるが,その際に移植後早期の拒絶反応の頻度を減らすには,抗体製剤による導入療法が有用である.
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小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)