1 導入療法
 移植後早期には,ステロイドを大量に投与する.また,近年の世界的傾向としてTリンパ球を標的とするポリクロナール抗体製剤(ウサギまたはウマ抗ヒト胸腺細胞
抗体など)や抗サイトカイン受容体モノクローナル抗体(basiliximab and daclizumab)650),651)を使用することが多い.我が国では,いずれの抗体製剤も未承認薬なので,腎機能障害例,HLA感作症例に限って使用されている.マウス抗CD3 モノクローナル抗体であるMuromonab(OKT3)は副作用が多く,抗マウス抗体ができて反覆使用ができないなどの問題も多く,今後使用されなくなるであろう(我が国ではすでに販売されなくなった).

 抗体製剤を使用することにより,急性拒絶反応の初発を遅らせ,CNI の投与開始を遅らせられるので,移植後早期の腎機能障害を減少することができる652),653).また,遠隔期でのステロイドの離脱を容易にすると考えられている648)

 成人において抗体製剤の使用が早期の感染症,遠隔期のTCAV,感染症やPTLDに相関すると報告されている.しかし,2,300人以上の小児心臓移植例でのretrospectiveな研究では,抗体製剤が感染症や悪性腫瘍の発症と有意の相関は見られなかった654).なお,抗体製剤の使用が,TCAVの発症予防やグラフト機能や生存率の向上に寄与するか否かは不明である.

①ポリクロナール抗体製剤

1)ウサギ抗ヒト胸腺細胞グロブリン(サイモグロブリン)
 ウサギから生成されたヒト胸腺細胞に対するポリクロナール抗体で,現時点において小児臓器移植で最も用いられている抗体製剤である.

[適応]
 我が国では造血幹細胞移植の移植前後の治療薬として承認されているが,臓器移植は適応外である.腎臓移植は2011年4月に保険適応となったが,他の臓器について保険適応になるのは時間がかかるであろう.

 臓器移植では,導入療法ならびにステロイド抵抗性の拒絶反応またはグラフト不全を伴う拒絶反応647)の治療薬として使用される.

[用量]
 1.5~ 3.0mg/kg/日を3~ 7 日間,緩徐に静脈内持続投与( 最低6時間以上かける).生理食塩液または5%ブドウ糖注射液500mLで希釈して,中枢ルートから0.22μm膜フィルターを用いて投与することが望ましい655)

 主な薬剤相互作用はない.

 小児における薬物動態を示す論文はない.国内では,再生不良性貧血の成人で,2.5mg/kg/日投与群(n= 6)で,Cmaxは平均119.0(46.7~ 234.0)μg/mL, 半減期は8.1(3.9~ 14.3) 日,3.75mg/kg/日群(n= 9) でCmaxは平均173.5(2.0~ 500.0) μg/mL,半減期は7.8(2.0~ 16.0)日であった(ジェンザイム社内資料).

[禁忌]
 感染症,重度白血球・血小板減少,ウサギ蛋白へのアレルギー歴

[副作用]
 アナフィラキシー(稀),血清病,発熱,悪寒,筋肉痛,頭痛,発疹,腹痛,白血球・血小板減少を認め,前治療(ステロイド,抗ヒスタミン薬,アセトアミノフェン)
を行うことで投与時の副反応は軽減する.

[使用上の注意事項]
 白血球数,分画,Tリンパ球分画(特にCD3)をモニタリングするが,これらの値を見ながら投与量を変更するエビデンスはない.血小板数が中等度以上減少したと
きには減量する.

2)ウマ抗ヒト胸腺細胞グロブリン(リンフォグロブリン)
 ウマから生成されたヒト胸腺細胞に対するポリクロナール抗体で,導入療法よりむしろ難治性の拒絶反応の治療に用いられる.上記のサイモグロブリンの方が,拒
絶反応の治療・予防の両面で優れていると報告されている.

[適応]
 我が国では再生不良性貧血の治療薬として承認されているが,臓器移植は適応外である.現在,臓器移植の適応が承認される見込みはない.

[用量]
 10~ 15mg/kg/日を3~ 7日間,生理食塩水またはブドウ糖注射液500mLで希釈し,緩徐に中枢ルートから静脈内持続投与( 最低4時間以上かける).

 主な薬剤相互作用:なし

 小児における薬物動態を示す論文はない.

[禁忌]
 ウマ蛋白へのアレルギー歴,皮内反応陽性,重度の白血球・血小板減少

[副作用]
 アナフィラキシー(稀),血清病,腎機能障害,発熱,振戦,筋肉痛,頭痛,発疹,腹痛,白血球・血小板減少を認めるが,前治療(ステロイド,抗ヒスタミン薬,ア
セトアミノフェン)で投与時の副反応は軽減する.

[使用上の注意]
 必ず皮内テストを行うこと.白血球数,分画,Tリンパ球分画(特にCD3)をモニタリングするが,これらの値を見ながら投与量を変更するエビデンスはない.血
小板数が中等度以上減少したときには減量する.

②抗インターロイキン2 受容体抗体(抗IL2R 抗体)

1)Basiliximab(シムレクト; ノバルティスファーマ)
 活性化したTリンパ球表面に現われるインターロイキン2受容体α鎖(IL2R: CD25)に対するキメラモノクロナール抗体で,IL2Rを解するシグナルを競合的に阻
害し,Tリンパ球の増殖を阻害する.成人656)-659),小児659)共に有効性が証明されている.腎臓移植では広く使用されているが,胸部臓器では成人で有効性が示されているだけで,小児ではまだ有効性は確立されていない.成人の心臓移植において,感染症による死亡,PTLDの発症については,サイモグロブリンより有効であると報告されている658)が,拒絶反応の予防・治療面では劣っていると報告されている656).小児の心臓移植では,移植前にシムレクトを投与してCD25 陽性細胞を減少させると,急性拒絶反応が減少すると報告されている659)

 シムレクト以外に,Daclizumab( ゼナパックス; Roche Laboratories, Nutley, NJ)という抗IL2Rヒト型モノクローナル抗体製剤もあるが,拒絶反応が減少したが生存率が低下したという報告があること,投与方法がシムレクトより複雑(2週毎に5 回静脈投与)であることなどから,心臓移植ではあまり使用されていない.

[適応]
 腎臓移植においては成人・小児ともに国内承認薬であるが,他の臓器移植では適応外である.

[用量]
 2~15歳児において,移植当日と4日目に,12mg/m(2 最大20mg)を 生理食塩液または5%ブドウ糖液で25mL以上に希釈し,20~ 30分で投与する30分以上かけて静脈内持続投与する.

 主な薬剤相互作用:なし

 国内の新規幼児・小児生体腎移植患者(6例,年齢1~ 12歳,体重10.4~ 28.0kg)を対象とした試験において,シムレクトを移植術前2 時間以内と移植術4 日後の2回,それぞれ10mgずつ静脈内投与したところ,血清中濃度(ELISA法)は半減期7.1± 2.1日(平均± 標準偏差)で減衰したが,初回投与日から40~ 52日(中央値46 日)の期間,IL-2 受容体を完全抑制(IL-2受容体α 鎖(CD25)発現率が3%以下)できる閾値濃度(0.2μg/mL)を上回った(ノバルティスファーマ社内資料).

[禁忌]
 成分に対する過敏症の既往

[副作用]
 B型肝炎の再燃

[使用上の注意]
 体重10kg未満の小児に対する使用経験は少ない.

次へ
小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)