3 小児の病態と特徴
 欧米において臓器移植は,小児においても末期的臓器不全の外科的治療として確立された治療になりつつある.我が国においても,2010年7 月に「臓器の移植に関する法律」の一部を改正する法律が施行され,2011年4月に15歳未満の脳死臓器提供が実施された.これにより,我が国でも胸部臓器において小児移植医療が発展することが期待される.

 小児臓器移植後の成績を向上させるには,成人と同様,拒絶反応を有効に抑制・治療するとともに,免疫抑制剤の種々の副作用を可及的に防止することが重要である.免疫抑制療法の基本的方針は成人と大差はない.しかし,身体的・精神的発達を考慮しなければならないこと,悪性腫瘍,時に移植後リンパ増殖性疾患(posttransplant lymphoproriferative disorder: PTLD)の頻度・進行度が高いこと,ワクチン接種,日常生活管理などの感染症予防が重要であること,怠薬(nonadherence)・思春期などの小児特有の精神科的問題など,小児臓器移植に特有の課題も多い639)

 免疫抑制薬において成人では,多くの前方視的ランダム研究が行われている.しかし小児においては,世界全体の年間症例総数は450例程度に過ぎず640),施設毎の施行症例数も少ないので,大規模臨床試験で確かめられた免疫抑制薬はない.そのため,施設レベルの臨床経験や,後方視的な多施設研究から得られたデータを元に,下記のようなことが判ってきている.

 第一に,成人に比してデータは少ないが,小児においても薬剤動態の研究も徐々に進み,各々の免疫抑制薬で薬剤投与量,薬剤効率,副作用などの個人差を説明できるようになってきた.人種間,民族間の薬剤代謝,効率についても,データが集まりつつある.

 第二に,特定の免疫抑制薬の投与法の傾向が明らかになり,拒絶反応の頻度は減少してきている641).世界的には,抗Tリンパ球抗体などによるinduction therapyを近年より行うようになってきている(2001年37%から2008年60%に増加640).カルシニュリン阻害剤として,シクロスポリン(CsA)より,タクロリムス(FK)を使用する施設が年々増加している642).維持療法として,一剤療法から,ミコフェノール酸モフェチル(MMF)とCNI の併用が予後,生存率の両面で有効であるという実証が多く見られており,MMFはアザチオプリンより高価であるがより使用されている640),643),644).mammalian target of rapamycin阻害薬(mTOR阻害薬:シロリムス(SRL),エベロリムス(EVL))も併用薬として,その有効性や安全性が認められてきているが,まだ小児では確立されてはいない645).最後に,成長や移植心冠動脈硬化症(TCAV)の面からステロイドを離脱することの有効性が多くの施設で報告されている645)-649).が,今後の検討を要する.また,腎不全やPTLDを合併した症例でCNI 非投薬の有効例も報告されてきているが,まだ有効性・安全性ともに確立されてはいない.

 第三に,ABO不適合移植,液性拒絶反応,PTLDなどにおいて,Bリンパ球や形質細胞を標的にした治療法にも注目が集まってきている.

 第四に,まだ小児肝臓移植の領域に留まっているが,免疫寛容が達成される場合も出てきている.

 最後に,もちろん免疫抑制薬のプロトコールの確立は重要であるが,実際の治療にあっては,患児,各々に応じたテーラーメードの治療法が大切である.
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小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)