症候性PAH
一般的治療:経口抗凝固薬 [B for IPAH, E/C for other PAH],
利尿薬,酸素 [E/A]
急性血管反応性試験 [A for IPAH, E/C for other PAH]
経口CCB [B for
IPAH, E/B for
Other PAH]
CCB の継続
効果持続
陽性
Yes
No
FC Ⅱ FC Ⅲ
・ボセンタン [A]
・シルデナフィル [A]
・エポプロステノール [A]
・Iloprost 吸入 [A]
・Treprostinil SC [B]
・Treprostinil Ⅳ [C]
・エポプロステノール [A]
・ボセンタン [B]
・Iloprost 吸入 [B]
・シルデナフィル [C]
・Treprostinil SC [C]
・Treprostinil Ⅳ [C]
FCⅣ
陰性
・シルデナフィル [A]
・Treprostinil SC [C]
・Treprostinil Ⅳ [C]
プロスタノイド
ボセンタンシルデナフィル
改善なし,or 増悪
心房中隔裂開術
and/or 肺移植
Combination therapy?
3 小児PAHへの実践的治療
①代表的なPAH 治療薬

 以下の薬剤はいずれも小児適応がない.

1)ベラプロスト(クラスⅡ b,レベルC)
[作用機序]血管内皮細胞表面のPGI2 受容体を介して平滑筋細胞内のcAMP濃度を上昇させ血管拡張作用を呈するとともに,血小板凝集抑制・血管平滑筋増殖抑制作用を有する.

[適応]WHOFC- Ⅰ~Ⅱの軽症例が最もよい適応
 使用方法:成人で1 回1錠(20μg)・1日3 回,小児では錠剤を粉砕して1 μg/kg/日,分3から開始する.心不全合併や低血圧の症例,乳幼児では半量から開始する.
効果不十分な症例では副作用・忍容性に注意しながら成人で1回2 ~ 3錠・1日3~ 4回,小児で3 ~ 5μg/kg/日,分3~4まで増量可能である.1錠60μgの徐放製剤は1日2回の内服で1回1~ 3 錠まで増量可能で長期投与には有利である.最大量投与後も改善に乏しい症例やFC-Ⅲ~Ⅳの症例ではエポプロステノールへの切り換えを考慮する.また最近はシルデナフィルやボセンタンなどとの併用療法が比較的早期から検討され,ベラプロスト単剤での大幅な増量は避けられる傾向にある.

[副作用]頭痛やほてり,消化器症状などがあるが,減量にて副作用は軽減することが多く継続中止に至る症例は少ない.

 中等度以下の症例では一定の効果が示されている.欧州における12週間の臨床試験(ALPHABET)では6分間歩行距離や自覚症状の有意な改善が認められた427).しかし翌年,米国での1 年間の前方視的観察では3 ~ 6か月間は有効だが9か月目以降は効果が持続せず,長期効果については否定的な意見が多く428),残念ながら最新の治療アルゴリズムには含まれていない.

 
2)エポプロステノール(クラスⅠ,レベルC)424, 429)
[作用機序]cAMP増加.

[適応]重度例(FC- Ⅲまたは- Ⅳ).しかし,全身低血圧や循環不全を呈する症例では過度な血圧低下(ショック)や換気血流不均衡などを招く恐れがあるため細心の注意を要する.

 投与方法:エポプロステノールは半減期が3~ 5 分と短く,持続静脈内投与が必要であること,溶解後のpHがアルカリ性で血管刺激性があるため末梢静脈からの
長期投与が困難であることから,中心静脈カテーテルの留置が不可欠となる.薬剤は室温や日光に不安定であるため,調製後は常にアイスパックで冷却状態を保ち,遮光する必要がある.低用量(1 ~ 2ng/kg/min)から開始し,副作用や忍容性に注意しながら2~ 4週の間隔で1ng/kg/minずつ増量していく.増量の上限は定められていないが,開始後2,3 年で安定維持量(20~ 30ng/kg/min)に達することが多い.

[副作用]頭痛,顔面紅潮,下痢など血管拡張薬共通の副作用以外に,顎関節痛(特に最初の咀嚼時)や足底部・踵の痛みなど本剤に特異的な症状がある.これらは用量依存性に増強するが,用量を固定すると軽減する特徴がある.

[注意点]留置カテーテルの脱落・自然抜去,皮下トンネル感染,菌血症,カテーテルの血栓性閉塞,カテーテルの損傷などのトラブルに注意が必要である.万一,種々のトラブルでエポプロステノール注入が中断した場合にはリバウンド現象によるPH急性増悪の危険がある.その場合はすみやかに末梢静脈を確保して薬剤注入を再開する必要があるため,自宅近くの救急対応可能な医療機関との連携が望まれる.

3)ボセンタン(クラスⅠ,レベルC)430)
[作用機序]ETファミリー(ET-1, 2, 3)の受容体にはETAとETBの2つがある.ETAは血管平滑筋に存在し,血管収縮・細胞増殖・細胞遊走などに関与,ETBは血
管内皮細胞に存在し,NOやPGI2 の産生を介してETAとは逆に血管拡張・細胞増殖抑制など保護的な作用を持つ.PAHの病態ではETBが血管平滑筋にも発現し収縮過剰に関与している.そのためETA・B両受容体をブロックするボセンタンはPAH治療薬として理にかなっている.

[適応]FC- ⅢまたはFC- Ⅳに限るが,FC- Ⅱでも考慮する.薬価が高く,IPAHなど特定疾患以外の成人患者では経済的負担が大きいのが難点である.

[投与方法]成人で1回1錠(62.5mg)・1 日2回で開始,1か月以上あけて倍量(250mg/日)まで増量して維持することが推奨されている.しかし欧米人での薬物動態を基礎としており,日本人での検討は少ない.小児は体重10~ 20kgで1回0.5錠・1 日1回,20~ 40kgで1回0.5錠・1日2 回,40kg以上では成人に準じる.他の薬剤と併用する場合は副作用に注意しながらより少量から開始する.

[副作用]頭痛やほてり,ふらつき(浮遊感),筋痛などの他,成人では7~ 11%に肝機能障害が出現する.小児では3%未満と肝障害は比較的まれである431).投与前には必ず肝機能を確認し,開始後3か月間は原則として2週間に1回,それ以降も月に1回の肝機能検査(AST・ALT・ALP・T-Bil など)を行うことが望ましい.基準
値の3 倍以上5倍未満では減量,8 倍以上では中止するよう注意喚起されている.肝機能障害の出現時期は数日以内から3か月以降と症例により差が大きく,増量の間隔も十分にあけたほうが無難である.肝機能障害のため一旦減量(中止)後に肝機能が改善して増量(再開)する場合は,より少ない量から十分な間隔を設けて小刻みに増量すべきである.

[相互作用]ボセンタンはシルデナフィルの血中濃度を有意に下げることが報告され,薬剤相互作用の影響を考慮する432)

4)シルデナフィル(クラスⅠ,レベルB)433)
[作用機序]PDE5 が存在する血管平滑筋においてNOcGMPの分解や代謝を減少して血管拡張および血小板凝集抑制を増強させる.PDE5 は陰茎海綿体のみならず肺組織,血管平滑筋にも多く分布していることから肺血管に選択的な作用が期待できる.欧米では成人PAH患者での臨床試験の有益な結果を経て2005年に承認に至った434).我が国では2008年に承認された.

[適応]FC- ⅡからFC- Ⅳと比較的軽症から重症例まで対象は幅広い.肺血管選択性が高く,換気血流不均衡を助長させないため,呼吸機能低下例にも投与しやすい.NO吸入からの離脱を容易にさせる効果も検討され435),新生児領域や開心術周術期においても有用性が高い.さらに肥大した右室でPDE5 の発現が亢進しており,シルデナフィルが右心機能を改善させる効果にも注目されている436)

[使用方法]最高血中濃度到達時間(Tmax)が約50分と短いため,急性負荷試験で大まかな効果の予測が可能である.我々は0.5~ 0.6mg/kgの内服30分後に急性効果を確認している.成人で60mg/日,分3,小児では0.5~ 1mg/kg/日,分3から投与を開始するのが目安である.小児での忍容性は良好で,海外での治験では成人1回80mg・1日3回の忍容性も確認されているが,小児での用量設定は決まっていない.

[副作用]頭痛やほてり,消化器症状,鼻出血があるが,多くは減量にて軽快する.頻度はまれ(約2%)だが羞明や色覚異常(blue vision)など眼に関する訴えがあり,これは網膜に分布するPDE6 へ若干の阻害作用が及ぶためと考察されている.さらにNAION(非動脈炎性前部虚血性視神経症)による失明が勃起不全2,300万人中36人で報告され,糖尿病や高血圧でリスクが高い.眼科的にも発達段階にある新生児・乳幼児における安全性は今後追及していく必要があり,未熟児網膜症など眼科的合併症を持った小児への投与は控えたほうがよいと考えられる.

5)カルシウム拮抗薬(クラスⅡ b,レベルC)
 欧米では急性血管反応性が良好な症例にはCCBが推奨されているが,我が国の実情は異なる.急性血管反応性陽性例は皆無に近く,実際にCCBのみで管理できる症例はほとんど経験されない.安価であるが,CCBの陰性変力作用が懸念され,代替としてベラプロストを投与される機会が多い.最近,Sitbonらは急性試験陽性を示した特発性PAHは全体の13%に過ぎず,CCB単独で1 年後もFC- Ⅰ~Ⅱを維持できた頻度はわずか6.8%であったと報告している437)

②実際の薬剤選択

 我が国で使用可能な上記1)~ 5)の薬剤を前述したPAH治療アルゴリズム(図16)に基づいて投与する.重症度以外に進行度や年齢,社会的・経済的背景,相対
的禁忌などを考慮して単独ないし組み合わせて投与する.
(1) FC- Ⅱ:まずベラプロストを投与し,経過によりボセンタンまたはシルデナフィルを追加.その際,肝障害があればボセンタンは避け,網膜症があればシルデナフィ
   ルを避ける.
(2) FC- Ⅲ:ベラプロストとボセンタンまたは(and/or)シルデナフィルの併用,進行が早い症例では時期を逸せずベラプロストからエポプロステノールへ切り換える.
(3) FC- Ⅳ: カテコラミンやPDE3 阻害薬の併用下でエポプロステノールを少量から慎重に開始,ボセンタンやシルデナフィルを適宜追加する.
図16 PAH 治療アルゴリズム(Badesch, DB, et al: chest2007を引用,改変)
                                                   (文献415より引用,改変)
  エビデンスレベル A:強く推奨,B:中等度に推奨,C:やや推奨,E/A:専門家の意見のみに基づき強く推奨,
E/A:専門家の意見のみに基づき強く推奨,E/B:専門家の意見のみに基づき中等度に推奨,E/C:専門家の意見
のみに基づきやや推奨
<英文表記の薬剤は我が国未発売>
次へ
小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)