2 PDE3阻害薬
代表的な細胞内セカンドメッセンジャーであるcAMPとcGMPは,心血管系においては短時間の収縮・弛緩反応を制御している.一般的に心筋に対してcAMPは陽性
変力的に,cGMPは陰性変力的に作用するが,それぞれの細胞内濃度の変化は一過性である.これらの環状ヌクレオチドのシグナル制御に重要な役割を担っている酵素がPDEである.PDEはさまざまな細胞でMn2+存在下にcAMPとcGMPを加水分解し,プロテインキナーゼA(PKA)とプロテインキナーゼG(PKG)の活性を制御
している.現在,11種類のPDEサブファミリーが報告され, 心筋では4 種類のPDEアイソザイム(PDE1,PDE2,PDE3,PDE4)が存在する115).
PDE3 の加水分解作用によるcAMPおよびcGMPの心臓における解離定数はKm cAMP=0.2 ~ 0.3μM,KmcGMP=0.1~ 0.2μMと大差はないが,cAMPの産生・
分解速度はcGMPに対して約10倍速いため,PDE3 阻害によりcAMP濃度が有意に高まる.cAMP-PKA連鎖の亢進はL型カルシウムチャネルの活性化と細胞膜で
のCa2+流入の促進に加えて,筋小胞体リアノジン受容体を活性化して筋小胞体に貯留されているCa2+の放出を誘発することにより強心作用を発揮する115),116).
一方,細胞内cAMPの増加はホスホランバンのPKA依存性リン酸化による筋小胞体のCa2+-ATPase (SERCA2 pump)を介するCa2+取り込みも亢進させて左室の拡張能を改善させる(陽性変弛緩作用)116).
PDE3 は血管平滑筋細胞にも多く存在し,cAMP産生を増加させ,PKAを活性化して筋小胞体へのCa2+取り込みを促進すると同時に,イノシトール1, 4, 5-三リン
酸(IP3)によるIP3 -誘発性Ca2+放出を抑制するため,Ca2+が筋小胞体に保持された状態となり血管弛緩作用が強まる116).
PDE3 阻害薬は心筋に対する陽性変力作用と陽性変弛緩作用とともに,体循環,肺循環血管拡張作用と冠血流増強作用を有する.したがって心不全に対して心血管系の至適結合状態を維持する理にかなった治療薬といえる.現在我が国で認可されているPDE3 阻害薬(静注薬)はミルリノンと塩酸オルプリノンである(いずれも保険償還対象).
ミルリノンは静脈投与により数分で血管拡張作用,心収縮増強作用をあらわし,心拍出量を20~ 42%増加させ,体循環抵抗を15~ 30%,肺動脈楔入圧を20~ 30%減少させる117).塩酸オルプリノンは我が国で開発された静注用PDE3 阻害薬である.血行動態に対する作用は両薬剤に違いがある.ミルリノンは容量依存性に心係数の増加を伴わずに肺血管拡張作用が亢進するが,塩酸オルプリノンは低容量では肺血管拡張作用が中心となり,投与量を増加させるにつれて,肺血管拡張作用よりも心拍出量増加作用が中心となる118).
小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)