心筋傷害
心臓および全身性の代償性反応
心臓および全身性の不適応な反応
心不全の進行
限界閾値
不可逆的な心不全
治療により改善しうる(逆行可能)
2 定義
 心不全とは複雑な臨床症候群であり,多種類の病因,多様な臨床症状を伴う.さまざまな定義が提唱されてきたが,Arnold Katz らの定義が臨床面のみならず細胞/分子レベルでの変化と対照しており好ましいと思われる.すなわち「心不全とは心拍出量減少,中心静脈圧増大を来たす臨床症候群で,背景に分子生物学的異常により惹起される進行性の心臓機能低下と幼弱心筋細胞死を伴う」と表現されている97)

 “Heart failure is a clinical syndrome in which heart disease reduces cardiac output, increases venous pressures, and is accompanied by molecular abnormalities that cause progressive deterioration of the failing heart and premature myocardial cell death.”

 従来,心不全は単純に,重篤で不可逆的な心臓障害であり,収縮力の低下した心室に対する有効な治療法はないと考えられてきた.しかし,心不全とは単一の心臓障害のみを指すものではなく,より複雑な進行性の臨床過程を示す用語である.心臓のみならず心臓外の多くの生理過程と密接に関係しながら病状が進行する.たとえば虚血や高血圧,感染であっても心臓にまず何らかの一次的な障害を引き起こす.その結果,心負荷が増大し頻脈が惹起され,さらに心臓内あるいは関連する諸臓器に二次的な反応が生じてくる.最初の傷害がどのようなものであれ,二次的な諸臓器の反応と臨床症状の進行過程は共通した経過をたどり,無治療では終末期の心不全へと進行し死に至る.

 心臓障害による二次的な反応は少なくとも初期には可逆的であり,生存に不可欠な臓器への血流は代償され保たれる仕組みとなっている.つまり心筋の局所的な障害に対してはさまざまな代償機転が働いて総合的な心機能が維持されるのである.しかし病状の進行とともにこれらの代償機転は破綻し,ついには代償不可能な心不全を呈するようになる.心筋肥大や壁応力の増大により酸素消費量が増大し,潜在的に心筋傷害が進行する.同時に生じるレニン・アンジオテンシン系の慢性的な賦活化は,浮腫や肺高血圧を生じ後負荷が増大する.一方で交感神経活性の亢進は不整脈や突然死を惹起する.治療は左室機能が不可逆的に悪化する前,いわゆる終末期心不全の前に開始されなければならない(図7)

 我々が心不全であると認識するのは,臨床症状や血行動態,神経体液性因子といった患者のさまざまな特徴を通じてである.病歴,エコーや心臓カテーテル検査のデータ,循環血液中のホルモンの異常が診断根拠となることもある.小児においては左右シャントを有する未治療の構築異常に対しても心不全という用語を使用するというあいまいさがある.この心血管構築異常は小児心不全の多くを占めるが,外科的な修復で根治するものも多い.
図7 心筋傷害への反応
Delgado RM, 3rd, Willerson JT: Pathophysiology of heart failure:
A look at the future. Tex Heart Inst J 1999;26:28-33. より改変
 障害により心臓内および関連組織に代償性の反応が生じる。
この状態が進行するとこれらの反応はむしろ生体にとって有
害となり,病態を進行させ症状を出現せしめる.治療により
この有害な変化は逆行し,左室機能が回復するが,不可逆的
となる前に行う必要がある.
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小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)