

疾患名機序・全身症状心症状
Noonan症候群特異な顔貌,低身長,翼状頚などTurner 症候群と類似の表現型をとる.染色体は正常であるが,疾
患遺伝子は12q24.1(PTPN11)にあることが報告されている.
異形成弁による肺動脈弁狭窄,肥大型心筋症,特に中隔肥厚が強い型,心房中隔欠損などがある.
LEOPARD症候群(multiple lentigines syndrome)
首と体幹部の多発性の黒子,軽度の発育不全,眼球隔離,目立つ耳介,中等度の感音性唖,性器異常などの症候群である.責任遺伝子はNoonan症候群と同じ12q24.1( PTPN11)である.
軽度肺動脈狭窄,肥大型心筋症,特に閉塞型,PQ時間延長をみる.
Pompe 病酸性α-glucosidase 欠損のため,グリコーゲンが全身に蓄積する疾患で,乳児型がPompe 病と呼ばれる.乳児期前半に発症し,筋力低下のためfrog positionをとる.放置すると予後不良で呼吸困難や心不全で死亡する.酵素補充療法が有効である.著しい心筋肥厚があり,左室はやや拡大する.心電図は特徴的で,著しい高電位差でPQ時間が短い.
Fabry 病α-galactosidase 欠損による伴性劣性遺伝の糖脂質代謝異状症で,globotriaosylceramide や
galabiosylceramide が血管内膜,結合織,心臓,腎臓などに蓄積する.Xq22上に遺伝子座があり,その変異が原因である.小児期以降,四肢疼痛,アンギオテラトーマ,関節痛,蛋白尿,角膜混濁などが出現する.
肥大型心筋症が主で,僧帽弁逸脱・閉鎖不全,大動脈弁閉鎖不全などもみる.全身症状がなく心異常だけの例があり,心Fabry 病と呼ばれる.
Friedreich's ataxia 進行性家族性の延髄小脳失調症,肥大型心筋症を高頻度に合併する.
肥大型心筋症を高頻度に合併する.
糖尿病母体児
(IDM: Infant of Diabetic Mother)
5~30%に心室中隔の非対称性肥厚(ASH)を合併する.流出路狭窄が血行動態的障害となることがある.通常生後1週間くらいで消失する.
von Recklinghausen病染色体17q11.2上のNF1変異による疾患で,近年はneurofibromatosis 1と呼ばれ,カフェオーレ斑,
多発神経線維腫がある.
肺動脈狭窄,ファロー四徴などが主であるが,肥大型心筋症合併の報告がある.
双胎間輸血症候群
(twin-to-twin transfusion syndrome: TTTS)
一絨毛膜性双胎で両児の胎盤内血管の吻合によって,一児から他児へ血液の移行が起こる.
受血児では容量負荷から心筋肥厚が起こり,心不全となる.胎内死亡も多く,出生しても治療に抵抗して死亡率が極めて高い.
先天性筋緊張性ジストロフィー
骨格筋萎縮,筋力低下,知能低下,白内障などを有する常染色体性優性遺伝疾患で, 染色体19q13.3上のmyotonin protein kinaseをコードする
遺伝子のトリプルリピートによる.
伝導系異常,軸偏位などが知られている.心エコー検査を行った11例中7例にASHがあり,うち1例は肥大型心筋症であったという報告がある.
新生児甲状腺機能亢進症,褐色細胞腫心室壁肥厚をみる.

拘束型心筋症
浮腫・胸水不整脈肺高血圧
運動制限
( B,Cランク)
利尿薬
運動制限
( B ,Cランク)
抗不整脈薬(?)
運動制限
(A,Bランク)
PDE3 阻害薬
心移植(?)
不整脈源性右室心筋症
心不全不整脈
運動制限
( B ,Cランク)
心不全治療
抗血栓療法等
拡張型心筋症
に準じた治療
運動制限
(A,Bランク)
抗不整脈薬(ジ
ソピラミド,アミ
オダロン)
カテーテルアブ
レーション(?)
植込み型除
細動器(?)
抗血栓療法
拘束型心筋症
浮腫・胸水不整脈肺高血圧
運動制限
( B,Cランク)
利尿薬
運動制限
( B ,Cランク)
抗不整脈薬(?)
運動制限
(A,Bランク)
PDE3 阻害薬
心移植(?)
肥大型心筋症
症状(-)不整脈(-)心機能正常
遺伝子異常(+)心不全自覚症状(+)
胸痛
失神
有意の閉塞
不整脈(+)
心房性心室性
運動制限( Dランク)
無投薬(?)β遮断薬(?)運動制限
( B ,Cランク)
心不全治療β遮断薬(?)運動制限
( B ,Cランク)β遮断薬
カルシウム拮抗薬(?)ジソピラミド(?)
運動制限( B ,Cランク)
抗不整脈薬(ジソピラミド,アミオダロン)
抗血栓療法
拡張型心筋症
症状(-)不整脈(-)
心機能低下
心電図異常
急性心不全慢性心不全不整脈(+)
運動制限( B,Cランク)
ジゴキシン
利尿薬
安静
心不全治療
(カテコラミン,PDE 3 阻害薬(?),利尿薬,
抗アルドステロン薬)
抗血栓療法
運動制限( B ,Cランク)
心不全治療
利尿薬,ACE 阻
害薬,ARB ,β遮断薬
抗血栓療法
運動制限( B ,Cランク)
抗不整脈薬(アミオダロン,リドカイン)
+
植込み型除細動器
心移植抗血栓療法反応が良好であれば薬物療法継続
病態Class Ⅰ Class Ⅱ Class Ⅲ
無症状例一般に薬剤は用いないが,症例によってはβ遮断薬,Ca拮抗薬を用いる.
ジゴキシン,陽性変力作用薬
強い運動*
拡張機能低下例β遮断薬
Ca拮抗薬(レベルC)
ジゴキシン,陽性変力作用薬
強い運動*
有症状および閉塞性肥大型心筋症
β遮断薬
Ca拮抗薬(レベルC)ジソピラミド(レベルC) ジゴキシン,陽性変力作用薬
強い運動*
中隔心筋切除術
突然死のハイリスク群** β遮断薬
Ca拮抗薬ジソピラミド(レベルC)
植込み型除細動器(レベルC)
ジゴキシン,陽性変力作用薬
強い運動*Ca拮抗薬
乳幼児例(心不全をしばしば伴う)
β遮断薬(レベルC) ジゴキシン,陽性変力作用薬
強い運動*
拡張相肥大型心筋症利尿薬,ジゴキシン,血管拡張薬
(レベルB)
β遮断薬(レベルB)
心移植(レベルB)
ジゴキシン,陽性変力作用薬
強い運動*不整脈合併例フレカイニド酢酸塩
(レベルB)アミオダロンβ遮断薬
Ca拮抗薬(レベルC)
植込み型除細動器(レベルC)
ジゴキシン,陽性変力作用薬
強い運動*
中隔心筋切除術
心筋緻密化障害
症状(-)不整脈(-)心電図異常(+)
遺伝子異常(+)
収縮機能障害による心不全
拘束型心筋症様の症状
肺高血圧
不整脈(+)
運動制限
( Dランク)
無投薬(?)
β遮断薬(?)
運動制限
( B ,Cランク)
拡張型心筋症に準じた心不全治療
運動制限
(A,B ランク)
拘束型心筋症に準じた治療運動制限
( B ,Cランク)
抗不整脈薬(ジソピラミド,アミオダロン)
抗血栓療法
学校検診症状(失神・胸痛等)
一般検診心電図所見
家族歴,症状,理学所見
心電図,胸部レ線,心エコー図検査
運動負荷テスト,核医学検査,ホルター心電図
心臓カテーテル検査オプション(心内膜心筋生検,遺伝子検索)
疑い
確定的可能性あり否定的
否定終了
所見がある
種々のリスクがある
所見がない
終了
随時受診
管理・治療
3 小児の病態と特徴
図18 小児の心筋症診断のフローチャート
図19 小児の拡張型心筋症治療のフローチャート
図20 小児の肥大型心筋症治療のフローチャート
表32 小児で鑑別すべき二次性心筋症
表33-1 学校生活管理指導表(小学生用)
表33-2 学校生活管理指導表(中学・高校生用)
表34 小児の肥大型心筋症の治療
* 日本学校保健会による学校生活管理指導表(中学・高校用)に準ずる.
**心停止あるいは持続性心室頻拍の既往,肥大型心筋症による突然死の家族歴,運動中の失神
(肥大型心筋症の診療に関するガイドライン(2007年改訂版)より引用,一部改変)
図21 小児の拘束型心筋症治療のフローチャート
図22 小児の不整脈源性右室心筋症治療のフローチャート
図23 小児の心筋緻密化障害治療のフローチャート
①拡張型心筋症(DCM)
[病態]
心室の心筋細胞の変性や線維化の結果,左室,右室,あるいは両心室が拡張し,代償性肥大が十分でないことにより心収縮力の低下を来たし心不全を呈する.
[病因]
ウイルス性心筋炎との関連性が示唆されるものや家族内発症における遺伝子変異例など,病因は多岐にわたる.
[症状]
乳児では哺乳不良,体重増加不良,多呼吸,顔色不良,活動性の低下,年長児では呼吸困難,動悸,胸部圧迫感,咳嗽,四肢冷感,浮腫,易疲労性などを認め,
しばしば心室性や心房性の重篤な不整脈を伴う.
[診察所見]
頚静脈の怒張,肝腫大,浮腫,心尖拍動の外側変位がみられる.胸部聴診では肺うっ血のため湿性ラ音や喘鳴を認める.房室弁逆流に伴う心雑音やⅢ音,Ⅳ音に
よる奔馬調律を聴取する.
[検査所見]
胸部単純X線写真で心拡大,心電図でST-T変化を認め,心エコーでの左室内腔の拡大と駆出率の低下は診断上有用である(クラスⅠ).
[診断と鑑別診断]
新生児や乳児では,心筋炎や心内膜弾性線維症以外に大動脈弁狭窄や大動脈縮窄,Bland-White-Garland症候群などの先天性心疾患との鑑別が必要となる.小児における心筋症診断のフローチャートを図18に示す.
[治療]
治療のフローチャートを図19に示す.
急性心不全に対しては利尿薬,カテコラミン(クラスⅠ,エビデンスレベルC)やPDE3 阻害薬(クラスⅡa,レベルC)による治療を行う.慢性期には血管拡張薬ないし
心筋保護薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)(クラスⅠ,レベルB),β遮断薬(クラスⅠ,レベルB)),利尿薬(クラスⅠ,レベルC)による治療が主体となる.
ジギタリスの有用性も否定されていない(クラスⅡa,レベルC).血栓形成予防のため抗血小板薬,抗凝固薬を併用する.詳細は後述する.
[非薬物療法]
成人の心不全に対する非薬物療法として心臓再同期治療の有効性が示されているが,小児の心不全に対する有効性を示す大規模臨床試験等のエビデンスはない.(クラスⅡb,レベルC)
②肥大型心筋症(HCM)
[病態]
心筋肥大による拡張障害のため心室への流入血液量が減少し,心拍出量の低下を来たす.組織学的には錯綜配列を伴う心筋細胞の不均一な肥大を特徴とする.
[病因]
約半数に家族性が認められ,常染色体優性遺伝を示す.半数以上はサルコメアを構成する心筋収縮関連蛋白の遺伝子異常である.
[症状]
小児期には無症状のことが多く,学校心臓検診が発見の契機となることがある.心室性不整脈による動悸,肺うっ血による呼吸困難,心筋虚血による胸痛を訴えるこ
とがある.初発症状が運動中の失神や突然死のこともある.
[理学的所見]
Ⅲ音やⅣ音,左室流出路狭窄,僧帽弁閉鎖不全,右室流出路狭窄に伴う収縮期雑音を聴取することがある.
[検査所見]
心電図でST-T変化,左室肥大,異常Q波は高頻度に認められ,上室・心室期外収縮や心室頻拍,心房細動等の不整脈,WPW症候群を認めることがある.心エコー
では左室心筋の肥厚が特徴的で,心室中隔の肥大(ASH:非対称性中隔肥厚)が著明なものが多い(クラスⅠ).左室流出路狭窄のあるものでは僧帽弁前尖の収縮期前方運動(SAM)を認める.
[診断と鑑別診断]
小児における診断のフローチャートを図18に,鑑別すべき二次性心筋症を表32に示す.
[治療]
治療のフローチャートを図20に示す.
[日常生活の管理]
日本学校保健会の学校生活管理指導表(表33)に基づき運動制限を行う.ハイリスク児ではほとんどの運動やスポーツ競技を禁止し,有症状児および閉塞型の患児
では中等度および強い運動は禁止する(クラスⅠ,レベルC).
[感染予防]
感染性心内膜炎の罹患率が高くなるので抗菌薬の予防内服が必要である(クラスⅡa,レベルC).
[塞栓症の予防]
心房細動等を合併する場合は心原性塞栓症を起こすことがあるため抗凝固薬の投与が必要で,抗血小板薬を併用することもある(クラスⅠ,レベルC).
[薬物療法]
薬物療法の目的は,生命予後の改善,症状の軽減,合併症の予防にある.表34に薬物療法の適応を示す.詳細は4 薬物療法の実際に記載した.
[非薬物療法]
ⅰ.手術
中隔心筋切除術(septal myotomy-myectomy: Morrow procedure)の小児での経験は極めて少なく,長期的成績を含めエビデンスはない.(クラスⅢ)
ⅱ.ペースメーカおよび植込み型除細動器
現時点では小児における効果や適応については十分なエビデンスがない440,441).(クラスⅡ a,レベルC)
ⅲ.中隔枝塞栓術(経皮的心室中隔焼灼術)(PTSMA)
小児でのエビデンスは少なく,現時点では推奨されない.(クラスⅢ)
③拘束型心筋症(RCM)
[病態]
一側または両側心内膜の高度の線維性肥厚,あるいは心内膜下心筋間質の高度の線維化により心室壁が硬化し,拡張不全を来たす疾患である.心筋の肥厚は顕著でなく,内腔の拡張や心収縮の低下もない.
[病因]
小児では稀で,発症頻度や遺伝性については不明である.強皮症,アミロイドーシス,サルコイドーシス等の全身性疾患に伴うもの,ムコ多糖症,好酸球増多症,悪
性腫瘍や放射線治療に伴い発症するものがある.
[症状]
呼吸困難や浮腫,肝腫大など,静脈圧上昇および肺うっ血に伴う症状が出現する.左房圧の上昇に伴う肺血管疾患は急速に進行することがある.心房細動を来たしやすい.
[理学所見]
静脈圧の上昇に伴う所見を認める.肺高血圧を来たすとⅡ音の肺動脈成分が増強する.
[検査所見]
心電図ではP波の増高,ST低下や陰性T波を認める.心エコー検査は診断に有用で,著明に拡大した心房と心室への拡張期流入血流の異常が決め手となる.(クラスⅠ)
[診断と鑑別診断]
収縮性心膜炎との鑑別は困難であるが重要である.
[治療](図21)
有効な治療法に関するエビデンスはない.対症的に浮腫や胸水の貯留に対して利尿薬(クラスⅡa,レベルC),不整脈に対して抗不整脈薬(クラスⅡ a,レベルC),肺高血圧を来たしたものにはPDE3 阻害薬が使用される(クラスⅡ a,レベルC).海外では特発性のものに心臓移植が行われている(クラスⅡ a,レベルC).
④不整脈源性右室心筋症(ARVC)
[病態]
右室心筋に進行性の脂肪化と線維化が生じる疾患で,右室流出路前壁や心尖部,三尖弁下後壁に限局していたものが右室全体,左室,心室中隔に拡大していく.この病変により頻発する持続性心室頻拍が惹起される.
[病因]
小児の報告は少なく正確な頻度は不明である.家族性のものがあり,リアノジン受容体遺伝子の異常やプラコフィリン2の変異が関与するとの報告がある442).
[症状]
運動誘発性の心室性不整脈,頻発する持続性の心室頻拍により,失神や突然死を来たす.時にDCMのような心室の収縮機能障害に伴う症状を認める.
[理学所見]
頻発する不整脈があり,体静脈のうっ血の所見を呈することがある.
[検査所見]
心電図で左脚ブロック型の心室頻拍,心エコー検査で右室の拡大と収縮および拡張機能低下を認める.組織学的検査での心筋細胞の変性と脂肪化,線維化は診
断に有用であるが,心外膜側から病変が進行するので心内膜心筋生検では認められないことがある.(クラスⅠ)
[診断と鑑別診断]
頻発する持続性の心室頻拍と心筋組織検査で特徴的な所見が認められれば診断が可能である.乳幼児期に発症するUhl病は本症の最重症型との考え方がある.
[治療](図22)
小児の有効な治療法に関するエビデンスはない.不整脈に対する薬物療法としてβ遮断薬,アミオダロン等のクラスⅢの抗不整脈薬が投与される(クラスⅠ,レベ
ルC).カテーテル焼灼術,植込み型除細動器,手術などの非薬物療法が選択されることがある(クラスⅡa,レベルC)(不整脈治療の項を参照).収縮機能低下に伴
う心不全がみられれば,DCMに準じた治療を行う.
⑤分類不能の心筋症
1)左室心筋緻密化障害(LVNC)
[病態]
胎生初期の網目様の心筋が緻密な心筋構造になる過程で障害が生じる結果,心筋緻密層が低形成となりスポンジ状の胎児心筋が残存する疾患で,心内膜下への血流供給低下による心筋虚血と菲薄な心筋緻密層による心収縮力の低下が惹起される.
[病因]
高率に家族例が認められる.X連鎖性のものやミトコンドリア遺伝子異常が疑われる家系があり,遺伝的多様性がうかがえる.
[症状]
新生児期,乳児期に重篤な心不全症状で発症する典型例から,徐々にDCM様の症状を呈するもの,学童期に心臓検診で発見されるものまで症状は多彩である.壁在血栓による塞栓症や不整脈を伴うことがある.
[理学的所見]
DCM様の所見を呈するものやRCMに類似した所見を示すものがある.
[検査]
心エコー検査による心室壁の著明な肉柱形成と深く切れ込んだ間隙の特徴的な形態が診断に有用である(クラスⅠ).
[治療](図23)
DCMと同様に,利尿薬,ACE阻害薬,β遮断薬が主体である(クラスⅠ,レベルC).壁在血栓に対する抗血小板薬や抗凝固療法,不整脈に対する治療も必要とな
る.RCM様の症状を呈する症例にはRCMに準じた治療が行われるが,有効な治療のエビデンスはない.
2)特定心筋症
① Fabry 病
[病態]
α-ガラクトシダーゼ欠損に起因する糖脂質代謝異常症で,グロボトリアオシルセラミドやガラビオシルセラミドが血管内膜,結合組織,心臓や腎臓等に蓄積する疾
患である.
[病因]
伴性劣性遺伝形式をとる.α-ガラクトシダーゼをコードする遺伝子はXq22 領域に存在し,その部分欠失をはじめとする多彩な変異を示す.
[症状]
小児・思春期以降に末梢神経症状で発症することが多い.関節痛,蛋白尿,アンギオテラトーマ,角膜混濁等の症状のほか,HCM様の心症状を呈する.HCMの所
見のみで他の全身所見を伴わない型があり,心Fabry病と呼ばれる.
[理学的所見]
上記の臨床症状に伴う所見を認める.
[検査]
心電図で左室肥大,心エコーでHCMの所見を認める.白血球中のα-ガラクトシダーゼ酵素活性の測定,心内膜や筋の組織学的検査が診断に有用である.(クラス
Ⅰ)
[治療]
α-ガラクトシダーゼ酵素製剤であるアガルシダーゼアルファ(遺伝子組換え)およびアガルシダーゼベータ(遺伝子組換え)を注射する.(クラスⅠ,レベルB)
用法・用量
アガルシダーゼアルファ:1回体重kgあたり0.2mgを隔週で点滴静注.
アガルシダーゼベータ:1回体重kgあたり1mgを隔週で点滴静注.
② Pompe 病
[病態]
ライソゾーム中の酸性α-グルコシダーゼ欠損に起因する代謝異常症で,グリコーゲンが心臓,骨格筋,肝臓に蓄積する疾患である.
[病因]
常染色体劣性遺伝形式をとり,出生4万人に1人に発症する.酸性α-グルコシダーゼ遺伝子は17q25.2領域に存在し,多彩な変異が報告されている.
[症状]
乳児期早期に筋緊張低下,筋力低下,哺乳力低下,肝腫大,呼吸困難で発症することが多い.心拡大を伴い,HCM様の心症状を呈する.
[診察所見]
筋緊張低下と肝腫大が著明で,心臓についてはHCMの所見を認める.
[検査]
胸部X線では心拡大,心電図で左室肥大とST-T変化,PQ短縮,心エコー検査でHCMの所見を認める.白血球,骨格筋,皮膚培養線維芽細胞の酸性α-グルコシダーゼ酵素活性の測定,心内膜心筋生検や骨格筋の組織学的検査が診断に有用である.(クラスⅠ)
[治療]
酸性α-グルコシダーゼ酵素製剤であるアルグルコシダーゼアルファ(遺伝子組換え)を注射する.(クラスⅠ,レベルB)
用法・用量
アルグルコシダーゼアルファ:1回体重kgあたり20mgを隔週で点滴静注.
⑥薬物療法の実際
心筋病変そのものに対し有効な薬物療法はFabry病やPompe病に対する酵素補充療法しかない.合併する心不全や不整脈,肺高血圧,血栓症に対しては対症療法が行われる(小児の心筋疾患治療に用いられる医薬品の小児適応の有無,用法・容量等については該当する項を参照のこと).
1)収縮機能低下に対する治療(DCM 等)
①ジギタリス
ジゴキシンは成人の洞調律の心不全患者に対し心不全による入院を減らすことが明らかにされているが,予後は改善しないと報告されている443).小児の心不全に対する適応が認められている.(クラスⅠ,レベルC)
②利尿薬
心不全患者のうっ血に基づく労作時呼吸困難,浮腫などの症状を軽減するために最も有効な薬剤である.海外ではフロセミドがよく使用される(クラスⅠ,レベルB)444)が,低カリウム血症を来たしやすく,ジギタリス製剤併用時にはジギタリス中毒や重症の心室性不整脈を来たすことがあるので,血清カリウム保持作用のあるス
ピロノラクトンとの併用が望ましい.フロセミドの国内の添付文書には小児の用法・用量の記載がない.
③アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I)
小児では大規模臨床試験に基づくエビデンスはない.DCMによる慢性心不全に対しエナラプリル,β遮断薬,抗アルドステロン薬の併用が生存期間を延長するという
報告445)(クラスⅠ,レベルB)がある反面,ACE-I単独あるいはβ遮断薬との併用は,それまでのジギタリスを主体とする薬物療法に比べ,心臓移植なしに生存する
割合を改善していないとの報告140)もあり一定の見解が得られていない(クラスⅡb,レベルC).国内で小児に対する薬事法上の承認が得られているACE-Iはなく,唯
一エナラプリルマレイン酸塩が高血圧に対し健康保険償還対象となっている.
④アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)
小児の左室収縮機能低下に基づく慢性心不全に対する有効性に関しては症例報告にとどまり,明確なエビデンスはない(クラスⅡ a).国内ではカンデサルタンが成
人の慢性心不全に対する適応を有しているが小児への適応はない.
⑤β遮断薬
NYHAクラスⅡ~Ⅳで左室駆出率が40%未満の16歳以下のDCM患者を対象とした試験で,カルベジロール0.4~ 0.8mg/kg/日(最大50mg/日)の投与により12か
月後にNYHAクラスと左室駆出率が有意に改善されたという報告がある154) (クラスⅠ,レベルB).しかし,慢性心不全の小児161名を対象としたカルベジロール
0.2mg/kg/日(最大12.5mg/日)投与群,0.4mg/kg/日(最大25mg/日)投与群とプラセボ群とのランダム化比較試験においては臨床症状の改善に有意差を認めなかったという報告446)があり(クラスⅢ),小児の左室収縮機能低下に使用した場合の有効性に関する一定の見解は得られていない447).我が国において成人の慢性心不全に対する適応を有するβ遮断薬はカルベジロールとビソプロロールである.
⑥抗アルドステロン薬
小児の心不全に対する有効性について,大規模臨床試験に基づくエビデンスはない.スピロノラクトンは小児に対する薬事法上の承認はないが,健康保険償還対象になっている.
⑦アミオダロン
アミオダロンはメタアナリシスでは成人の不全患者における全死亡率および不整脈死を減少させることが報告されている448)が,小児の心筋疾患に伴う重症心室性不整脈に対する有効性に関するエビデンスは少ない449)(クラスⅡa,レベルB).
⑧末消血管拡張薬
硝酸薬およびカルシウム拮抗薬の小児の心不全に対する有効性を示すエビデンスはない.アムロジピンは米国で高血圧に対し小児適応を有しているが,アムロジピン,フェロジピンとも我が国では小児適応がない.降圧剤としてのアムロジピンの米国での小児の用法・用量は6~17歳の小児に対し1 日1回2.5~ 5mgである.
急性心不全や肺高血圧に対しPDEⅢ阻害薬が使用されることがある.しかし,小児ではその有効性を示す臨床試験のデータはなく(クラスⅡ a,レベルC),海外で
も小児に対する適応はない.
⑨経口強心薬
ピモベンダン,デノパミン,ドカルパミン,ベスナリンが成人の経口強心薬として承認されているが,小児に対する適応はなく,有効性に関するエビデンスもない.
⑦拡張機能低下に対する治療(肥大型心筋症等)
1)無症状例
薬物療法の有効性について明らかなエビデンスはない.HCMの小児293名を対象にβ遮断薬やベラパミル,アミオダロンの突然死予防効果について検討した論文で
は,β遮断薬治療患者76名中7 名(9.2%),ベラパミル治療患者46名中4名(8.7%),アミオダロン治療患者30名中6 名(20%)が突然死しており,薬物治療を受け
なかった群と突然死の発生率に差がなかった441)(クラスⅡb,レベルC).拡張不全に対し小児適応のあるβ 遮断薬はない.ベラパミルは頻脈性不整脈に対し小児適応があるが,拡張不全に対する適応はない.
2)有症状例
β遮断薬やCa拮抗薬(ベラパミル,ジルチアゼム)が使用されるが,いずれも小児適応はない.Ca拮抗薬は末梢血管拡張作用により左室流出路圧較差を増大させ
るので,閉塞性肥大型心筋症への使用には注意を要する.
成人の閉塞性肥大型心筋症にはⅠ a群の抗不整脈薬(ジソピラミド,シベンゾリン)が適応外ながら用いられる(クラスⅡ a).小児においても有症状例や心電図および心エコー検査でハイリスク群とされた症例(肢誘導のQRS電位の合計が10mVを超え,心室中隔厚が正常の190%を超える患者)の突然死について検討した総説では,プロプラノロール,メトプロロールおよびビソプロロールといった脂溶性のβ遮断薬の高用量での投与のみが突然死を予防する上で有効で,さらにジソピラミドの併用が突然死のリスクを軽減したとされている450)が,現時点では一定の見解は得られていない(クラスⅡ a,レベルB).ジソピラミドは小児に対する薬事法上の承認はないが,期外収縮,発作性上室頻拍や心房細動等の不整脈に対しては健康保険で償還対象となっている.
左室流出路狭窄を伴うものではβ遮断薬やCa拮抗薬(ベラパミル,ジルチアゼム)が適応外ながら使用される.有症状例と同様,成人においてⅠ a群の抗不整脈薬(ジソピラミド,シベンゾリン)のエビデンスレベルはクラスⅡで,小児でも左室流出路狭窄を伴う症例にはβ 遮断薬との併用が有効という報告がある450),451)が,明確なエビデンスがない(クラスⅡa,レベルB).さらに,高度な狭窄例に対するACE-I,ARBは成人ではクラスⅢであるが,小児でのエビデンスはない.収縮能低下例に
対して小児でも成人同様DCMの治療に準じ,利尿薬,ACE-I,ARBが用いられるが,明確なエビデンスはない.
突然死の予防を目的としたアミオダロンやβ遮断薬,植込み型除細動器(ICD)の適応について,小児での有効性や安全性に関するエビデンスは極めて少なく,一定の見解は得られていない.(クラスⅡb,レベルC)
3)不整脈
小児のHCMに合併する不整脈の薬物療法の適応については明確な基準がない.成人のHCMに合併する不整脈の薬物療法の適応は以下のとおりである.
クラスⅠ
心拍数が速く,血行動態に影響する心房細動,心房粗動発作性上室頻拍
症状のある突然死の危険因子を持った非持続性心室頻拍持続性心室頻拍
心室細動
クラスⅡ
症状のある上室性あるいは心室性期外収縮
無症状あるいは血行動態の安定した非持続性心室頻拍
クラスⅢ
無症状の上室性あるいは心室性期外収縮
無症状の徐脈
成人ではβ遮断薬やCa拮抗薬(ベラパミル,ジルチアゼム),Ⅰa群,Ⅰc群の抗不整脈薬,アミオダロンが使用される.このうち,小児適応を有するものはベラパミル
とⅠc群の抗不整脈薬のフレカイニド酢酸塩のみである.フレカイニド酢酸塩の器質的心疾患がある場合の使用には注意を要する.心房細動例ではワルファリンの投
与が推奨される.
成人のHCMにおける植込み型除細動器(ICD)の適応は,心室細動および薬物療法抵抗性の持続性心室頻拍(クラスⅠ)であるが,小児では使用できるデバイスに
制限があり,エビデンスは乏しい.(クラスⅡb)失神や著しいQOLの低下を伴う薬物療法抵抗性の頻脈性心房細動,Ⅰ型心房粗動,発作性上室性頻拍,持続性心室
頻拍などは,成人ではカテーテル焼灼術の適応となり得る.
小児におけるHCMの突然死の予防に関する諸治療の位置づけは以下のとおりである.
クラスⅠ
該当なし
クラスⅡ
突然死の一次予防目的のβ遮断薬,ジソピラミド,アミオダロンの投与ないしICD植込み術
クラスⅢ
突然死の一次予防目的のCa拮抗薬


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小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)