術式ワルファリン非ワルファリン
PT-INR 2.0~2.5 PT-INR 2.0~3.0
弁置換術(機械弁)
A.大動脈弁置換術 低リスク ・3ヶ月未満 ・3ヶ月以降
B .大動脈弁置換術 高リスク
C .僧帽弁置換術
classⅠclassⅠ*classⅠclassⅠclassⅠ
弁置換術(生体弁)
A.大動脈弁置換術 低リスク
・3ヶ月未満 ・3ヶ月以降
B .大動脈弁置換術 高リスク
・3ヶ月未満 ・3ヶ月以降
C .僧帽弁置換術 低リスク
・3ヶ月未満 ・3ヶ月以降
D .僧帽弁置換術 高リスク
・3ヶ月未満 ・3ヶ月以降
classⅠclassⅠclassⅠclassⅠclassⅠclassⅠclassⅠ
classⅡaclassⅡa
弁形成術
・3ヶ月未満 ・3ヶ月以降
・僧帽弁形成術 低リスク
・僧帽弁形成術 高リスク
classⅠclassⅠclassⅡa
抗血小板薬(アスピリン,ジピリダモール,パナルジン)
ClassⅠ 重症度分類 Ⅳ,Ⅴ
ClassⅡ 重症度分類 Ⅲ
ClassⅢ 重症度分類 Ⅰ,Ⅱ
●抗凝固薬(ワルファリン)
ClassⅠ 重症度分類 Ⅳ,Ⅴ
ClassⅡ 重症度分類 Ⅲ
ClassⅢ 重症度分類 Ⅰ,Ⅱ
投与量
(mg) 例数Cmax
(ng/mL) tmax (hr) AUC0-144
(ng・hr/mL) t1/2 (hr)
0.5 24 69±17 0.50(1.25-2.00)
1734±321 133±42
1 22 135±32 0.50
(0.25-1.00)3442±570 95±27
5 24 685±173 1.00
(0.25-4.00)21669±38
51
55±12
<推奨>
1. ワルファリン内服時の安定したPT-INR値維持が困難な場合,あるいは血栓塞栓症の発症がワルファリン単独では予防できないと判断されたとき,あるいは
ワルファ リン単独治療中に血栓塞栓症が発症した場合には,アスピリンとワルファリン両剤を併用する(クラスⅡa,レベルB).
2. 抗血小板薬にワルファリンを併用する場合は,出血のリスクが増大する可能性があり注意が必要である(クラスⅡa,レベルB).
①弁置換術後の抗凝固療法
小児では弁置換術後の抗凝固療法に関するエビデンスレベルの高い試験はないため,本ガイドラインでの推奨は小児における使用可能な根拠と成人の海外における抗凝固療法を支持する根拠にもとづき,わが国の成人のガイドラインを参考に作成した.
2006年に発表されたAHA/ACCの弁膜症に関するガイドラインでは,成人の弁膜症術後のすべての患者にアスピリンが推奨され,その上でリスク別にワルファリン
による抗凝固療法の推奨域が設定されている.最もリスクの低いグループではアスピリン単独投与,それ以上のリスクが考えられる場合はワルファリンによる抗凝固
療法を併用し,中等度のリスク群ではPT-INR2.0~ 3.0を,高度リスク群ではPT-INR2.5~ 3.5を治療域としている.アスピリン服用が,困難な高リスク例では,クロピドグレルの併用が推奨されている256),259).
日本人における抗凝固療法については,欧米よりも低いPT-INRコントロール値で血栓塞栓症に対する予防効果が得られることが経験的に知られている.成人領域
では,ACC/AHAのガイドラインをもとに,PT-INRコントロール値の設定がされており,本ガイドラインにおいては小児でも同様のPT-INRコントロール値を設定した(表16)244).
1)機械弁
機械弁を用いた弁置換術後に抗凝固療法を行わずに抗血小板剤のみを用いた場合,出血性イベントは減少するものの血栓塞栓症の発症率は約3倍高くなると報告されている260).小児の人工弁置換術を行った患者を対象としたワルファリンと抗血小板剤の比較に関する前方視的研究は,ワルファリン単独群(平均0.16mg/kg/日,PTINR1.5~2.5)とアスピリン,ジピリダモール2 剤併用投与群の比較が行なわれ,出血性イベントは抗血小板薬群では認められなかったが,ワルファリン群の20例中5例に重篤ではないが出血性イベントが認められた.血栓塞栓症の発生については,2剤併用投与群2例に重篤な血栓塞栓症が認められたのに対し,ワルファリン群では認められなかった.この結果から,ワルファリンは出血性イベントのリスクの増加を伴うものの,血栓塞栓症の予防に関しては抗血小板剤より優れると結論されている261()クラスⅡa, レベルB).術後出血のリスクが特に高い小児,あるいは出血イベントが発現した小児に対しては,抗血小板療法を抗凝固療法の代替療法として行うこともあるが効果は不十分であり一時的な措置に留める.
2)生体弁
生体弁を用いた場合,AHA/ACCとEuropean Society of Cardiology ESCガイドランで異なる管理法が推奨されており,術後の血栓塞栓予防については未だ議論が多い.
後方視検討ではあるが生体弁を用いた弁置換術後に抗凝固療法,抗血小板療法を行わずに血栓塞栓症の発症率を検討した研究では術後1年,7 年での血栓塞栓症の発症はそれぞれ1.3%,1.5~ 1.7%であった262).
3)Ross 手術後
自己肺動脈弁使用の大動脈弁置換術(Ross 手術)の場合には年齢,個々の病態により異なるが,周術期から約3か月~1 年間,ワルファリンとアスピリンの併用
療法が多い.
4)弁形成術後の抗凝固療法
弁形成術の場合は周術期から術後約半年を過ぎれば無投薬とする.僧帽弁形成術後の抗凝固療法は生体弁置換術に準じ,3か月以降はワルファリンを中止可能である.血栓塞栓の危険因子をもつ場合には,ワルファリンをPT-INR2.0~ 2.5を維持するように,生涯投与する必要がある244).
5)ワルファリン併用の注意

<推奨>
1. 小児における弁置換後のワルファリンによるコントロールは,わが国の成人領域のガイドラインに準じてACC/AHAのガイドラインよりも低めのPT-INRコントロール
値の設定が望ましい.(表15参照)1)( クラスⅠ,レベルB)
2. 人工弁置換術術後(3か月未満)の症例ではワルファリンによる抗凝固療法を行い,PT-INRを2.0~3.0にコントロールする.(表16参照)244)(クラスⅠ,レベルB)
3. 機械弁はワルファリン療法の絶対適応であり,弁位に関わらず,機械弁置換術後は成人と同様のワルファリンによる抗凝固療法を生涯継続する.
(クラスⅠ,レベルB)
4. 機械弁置換術後のワルファリンとアスピリンの併用.(クラスⅡa,レベルB)
5. Ross 手術後,約3カ月~1年間のワルファリン投与.(クラスⅡa, レベルC)
6. 大動脈弁,僧帽弁位の生体弁置換術後半年以降の症例でのアスピリンの投与.(クラスⅡa,レベルC)
7. 治療のための抗凝固療法を行っている間に血栓のイベントがあった場合やfull-doseのワルファリンに対する禁忌がある患者ではアスピリン治療を追加する.
(クラスⅡa,レベルC)
8. 年長児までの大動脈弁機械弁置換術術後症例におけるワルファリン投与.(クラスⅡb,レベルC)
3 弁置換後
小児において抗血小板薬とワルファリンを併用した場合の出血のリスクを検討したエビデンスレベルの高い研究は存在しないが,成人と同様,併用によって血栓症
の再発や死亡率の減少が期待できる半面,相乗効果によって,鼻出血,歯肉出血,血尿,頭蓋内出血などの出血のリスクが高まることが予想される.併用時にはPT-INRのコントロール値の変更は必要ないが,PT-INR3.5以上では明らかな出血の危険があり,これを下回るまでワルファリンは減量・中止する.併用療法では,患者を適切に選択する必要があり,併用療法を行うことによって期待される効果とそれに伴うリスクを慎重に検討するべきである.また,重大なイベントを避けるには,PT-INR
のモニタリングを含めた日々のきめ細やかな管理が成人以上に重要である.
6)アスピリン,ワルファリンの薬物動態
アスピリン,ワルファリンともに小児のデータはないため,成人のデータを示す.
①アスピリン
ヒトにアスピリンを経口投与したとき,血漿中未変化体濃度は15~ 25分後に最高値に達し,2 時間後に血漿中より消失する.アスピリンの半減期は2.5~ 7.0時間
と報告されている.アスピリンは胃と小腸から吸収され,その吸収過程及び生体内(主として肝臓)でサリチル酸に加水分解される.サリチル酸の血中濃度半減期は300~ 650mg投与時は3.1~ 3.2時間,1g投与時は5時間,2g投与時は9時間と投与量により増加する.サリチル酸はさらに,生体内でグリシン抱合及びグルクロン酸抱合を受け,また,ごく一部は水酸化を受けゲンチジン酸に代謝される.排泄は主としてサリチル尿酸(約75%),グルクロン酸抱合体(約15%),遊離サリチル酸(10%)などとして腎臓から排泄される.通常,48時間尿中に投与量のほぼ全量が排出される.遊離サリチル酸量は極めて変動が大きく,投与量および尿pHに依存する.尿のpH値が下がると血液中へ再吸収される量が増加して排泄速度が減少する.血中濃度の上昇に伴い,サリチル酸代謝能は飽和に達し,全身クリアランスが低下する.毒性用量投与後では,サリチル酸の半減期は20時間を超えるほど延長することがある.近年アスピリンを服薬しているにもかかわらず,血小板機能抑制が十分でないアスピリン抵抗性の存在が指摘されている.
②ワルファリン
ワルファリンは光学異性体(S- ワルファリン,R-ワルファリン)のラセミ体である.ワルファリンは経口投与後,胃と空腸から極めて良く吸収され,血中では90~ 99%がアルブミンと可逆的に結合し,不活性な状態で循環している.
健康成人男子にワルファリン0.5mg,1mg又は5mgを絶食下単回経口投与した場合の,最高血中濃度到達時間は0.5~ 1.0時間で,半減期は55~ 133時間である.ワルファリンカリウムの単回経口投与時の薬物動態パラメータを表17に示す.
近年,ゲノム薬理学によりワルファリン応答性の個人差に関わる影響因子が明らかになり,S- ワルファリンの代謝酵素であるCYP2C9とワルファリンの標的分子で
あるビタミンKエポキシド還元酵素(VKORC1)の二つの遺伝子多型が最も重要であることが明らかになった.アジア人および白人においては,このCYP2C9 と
VKORC1 の遺伝子多型と年齢,体重(体表面積)という患者背景因子がワルファリン投与量の決定因子であり,これらによりワルファリン維持量の個人差の約60
%程度まで説明できると考えられている263),264).この結果を踏まえて,米国FDAでは2007年にワルファリン添付文書にワルファリン投与量の影響因子として上記遺伝子多型に関する情報を追加し,同時に両遺伝子検査キットを承認したが,そのアルゴリズムや臨床的有用性は現在のところ確立していない.日本人におけるワルファリンの開始・維持量についてもこれらの遺伝子多型と関連させた検討も進んでおり,今後遺伝子多型に基づいたテーラーメイド医療が行われる可能性がある.
7)腎機能低下,肝機能低下時の注意
<推奨>
1. 重篤な肝機能障害及び腎機能障害をもつ患者へのワルファリン投与は禁忌である(クラスⅠ,レベルC).
2. 腎機能障害の患者へのアスピリン投与は減量の必要はないが慎重に投与する(クラスⅠ,レベルC).
3. アスピリン内服にて肝機能障害を生じる可能性があるため,重篤な肝機能障害がある場合にはアスピリン投与を控える.投与後は肝機能のモニタリング
が必須である(クラスⅠ,レベルC).
表15 川崎病冠動脈病変の重症度分類に対する治療の適応
循環器病の診断と治療に関するガイドライン研究班:川崎病心
臓血管後遺症の診断と治療に関するガイドライン(JCS2008 年
改訂版)より引用
表16 弁置換術および弁形成術における抗凝固療法
高リスクは心房細動,血栓塞栓症の既往,左心機能の低下,凝固亢進状態のいずれかを有する場合.低リスクはいずれも有しない場合.
*大動脈弁ディスク型一葉弁やStarr-Edwards弁では,PT-INRを2.0~3.0に維持すべきである.
循環器病の診断と治療に関するガイドライン.循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)
より引用
表17 ワルファリンカリウムの単回経口投与時の薬物動態パラメータ
平均値±標準偏差,tmaxは中央値(最小値ー最大値)
医薬品情報インタビューホームより引用
小児期心疾患における薬物療法ガイドライン
Guidelines for Drug Therapy in Pediatric Patients with Cardiovascular Diseases ( JCS2012)